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第5回「小説でもどうぞ」選外佳作 言葉の選び方/原田宇宙

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第5回結果発表
課 題

賭け

※応募数242編
選外佳作「言葉の選び方」原田宇宙
 夜中携帯電話が鳴った。時計の針は一時過ぎを指している。今日は夜間待機当番に充てられている日だ。
 ここ数日停水執行はしてない筈だ。
 僕は水道局の委託会社で滞納整理の業務を担当している。言うなれば、取り立て屋だ。
 ただ、公的機関のお仕事だ。ヤクザやサラ金の方々のような手法はご法度だ。
 電話に出てこちらの素性を電話口の相手に伝えた。相手は暫く無言だった。再度、
「水道料金徴収担当・〇〇ですが」と伝えた。
 さらに無言は続いた。
「お客様、ご用件は……」
 急に電話口の向こうから嗚咽が聞こえた。
「どういったご用件でお問い合わせ……」
 言葉の途中で切電された。
 折り返し連絡するか迷った。
 着信履歴を確認すると、『非通知』と表示が残っていた。
 眠れぬ夜になりそうだ。
 過去に悪質な常習犯に支払いが無ければ停水処分は解除できないと告知し強制切電した際、翌朝出勤までに三十三回同一番号から着信が残された夜を経験したこともあった。
 再度電話が鳴った。『非通知』だ。
 数コール後、電話に出たが、話し掛けても返事が無い。こちらも暫く沈黙を貫いた。
 電話口から息遣いが漏れる。
「停水の件でご連絡いただいていますか?」
 と問いかけた。
 無言のままだ。
「御用がなければ失礼させていただきます」
 と伝えると、また、嗚咽が聞こえた。
「どちら様ですか?」
「シャワーを……浴びたい……」
 女の声だった。
「お水が出ていないという事ですか?」
「シャワーが……出ない……」
「お支払いが滞っている為お水が止まっていると思われます」
「シャワーを浴びさせて……」
 支払いがあれば停水解除すると伝えた。
「間に合わない……」
 電話口の向こうの声が悲壮感を漂わせた。
「お風呂に水が溜められない……」
 支払いがあれば水が出る様になると改めて伝えた。
「今日死のうと思った……」
 重苦しい雰囲気が受話器を境に鬩ぎ合った。
 停水とは関連性の無いことだと自問自答したが、『風呂に水を溜められない』という言葉が気になった。
「ドラマでよく観るよね。風呂場で自殺する時、お水溜めるの」
 停水を食らう常習犯は手の込んだ言い訳を多用して来る。住所と名前と聞き出したいが言い出す素振りすら感じられない。しかも電話口の向こうの女性の声に聞き覚えが全くなかった。
「私が死んだら流れ出た血はそのままだよね。お金払わないとお水出ないんだから」
 停水とは関係ないことだ、と言いそうになる言葉を?み込んだ。
「絶対お水出さないでよね。お金払わなかったんだから。大家さんや警察が頼んでも、バスタブにべっとり残された私の血、洗い流さないでよね。永久に……」
 発すべき言葉を見つけられない。
「永久に水、出せないよね? 契約者本人がもうこの世にいないんだから」
 私は、役所組織にぶら下がる人間だ。こういうケースでの自己判断を下すべき状況下には滅法弱い。
「今、遺書書いてるんだけどさ」
 いつだったら支払い出来るか、尋ねた。
「永久に二度とないよ。この世では。あの世まで取りに来て」
 いつしか受話器を持つ手に汗を掻いていた。
「あの世で必ず払うからさ、約束開栓って出来ないの?」
 こういう輩は後で払った試しはない。その提案は丁重にかつ毅然とお断りした。
「じゃあ死ぬから。この世では支払わないし支払えない」
 通常、支払いが無ければ停水解除しないのが原則だ。しかし、事後のことを想定し様々な事が頭をよぎった。
『強制的な停水が顧客を死に追い込んだ』
 ワイドショーの格好なネタだ。
「あのさ~、一つ言い忘れてた」
 恐る恐る聞き出すことに終始徹底した。
「私、保険金掛けてんだよね。死んだら入るけど、五百万。水道は死んでも解約しない。未来まで毎回支払うよ。だから、死後の支払約束開栓ってどう? 前例ないと思うけど」
 即座に回答が探し出せない。明日、上司か水道局担当者に相談したいが、まだ一時半過ぎだ。自己解決を迫られていた。
「今バスタブに入った。剃刀持って」
「誓約書書けます?」と僕は切り出した……。
(了)