第5回「小説でもどうぞ」佳作 全裸の坂道/月照円陽
第5回結果発表
課 題
賭け
※応募数242編
「全裸の坂道」月照円陽
「この閉塞感、吹っ飛ばしたい……」あたしは、思わず声に出してつぶやいた。
渋谷スクランブル交差点の渋谷駅側で信号待ちをしているとき、あたしは、おもむろにつけていた医療用マスクを外した。
ローファーとソックスも脱いで、裸足になった。十二月のアスファルトは、思った以上に冷たい。
スカーフを外して、制服の上着とシャツを脱ぐ。脱いだものは、すべて、大きなスポーツバッグにぶち込んでいく。
すぐに、スカートをおろす。
次第に、人々の視線が、あたしに集中しはじめた。
ブラジャーのホックを外して、胸から取り、バッグに投げ入れる。外したてだから、ワイヤーで締め付けられていた部分の跡が、肌にくっきり残っている。この跡が消えるまでの数分間が、あたしは嫌いだった。
そして、最後、パンツを脱いだ。薄めのヘアが、露わになった。
あたしは、全裸になり終えたのだ。
ちょうど、信号が青になった。
パンツも入れたスポーツバッグだけを肩にかけ、あたしは全裸で、スクランブル交差点を真っ先に駆け抜けていく。
何人もの通行人が振り向いたり、スマホで写真を撮ったりしているが、そんなものには、かまっていられない。
交差点を渡り切ると、左方向の道玄坂に向かった。
──この坂を登り切れば、きっと……。
あたしは、女子サッカーの選手だ。日頃から走り込んでいる。この坂道だって、なんなく上っていける。
ただ、あたしは胸が大きい。締めるつけるものがないと、走っているときに、乳房がグルングルン回転しまくって、邪魔でしょうがない。でも、肩にかけているスポーツバッグで、胸を押さえるのは嫌だった。それをすると、今、あたしがしている行動の意義が半減する気がした。今は、あたしの全裸を、人々に見せつけることが、なによりも大事なんだ。
109前の信号が、ちょうど青だったので、そのまま一気に駆け抜けた。
あたしは、サッカーのドリブルの要領で、人を交わしながら、進んでいく。通行人たちは、あたしとすれ違った後になってから、「えっ?」となって、振り返るのだ。坂道を駆け抜ける全裸の女子高生を。
──可能性がまわりに充ちているときに、それをやり過ごして通りすぎるというのは大変に難しいことなんだ。
そう書いていたのは、ドストエフスキーだったか。いや、あたしはドストエフスキーなんか読んだことはない。誰かがドストエフスキーについて書いたものを、読んだのだろう。
そう、その可能性ってやつだ。
とにかく、あたしは、あそこで全裸にならずにはいられなかった。なんでかって? 日本の閉塞感を打ち破って、明るい未来を切り開くためだよ。
全速力で走り続けていて、体はシンドくなってきてはいたが、頭はなぜかクリアで、そんなことを冷静に考えていた。走るときに聴こえる風の音が、妙に鼓膜に響く。
走り続けていると、道玄坂の交番に近づいてきた。交番から、警官二人が、こっちに向かって走ってくる。あたしは、二人の間をドリブル突破するかのように、力強く、しなやかにすり抜けた。残された警官二人は、棒立ちだ。
警官二人を置き去りにし、少し安心したところに、今度は、通行人のジジイが突然抱きついてきた。予測外のことに動きを止められたあたしは、さっき置き去りにしてきた警官二人に、捕まってしまった。
「ちきしょー、放せよ! 坂を上り切るんだよ。あの坂の向こうに!」
あたしは喚き散らし、手足を激しく振って、暴れた。
警官の一人が、ラグビーのタックルの要領で、あたしの両脚を捕まえて、押し倒した。すかさず、もう一人の警官があたしの上半身に馬乗りになって、両腕を押さえつけた。
仰向けに倒されたあたしの目に、突如、冬晴れの真っ青な空が映った。
その空を見た瞬間、もうどうでもよくなった。
あたしは、可能性に賭けたのだ。それが、すべてだ。
──今、日本の明るい未来にbetしたんだよね。
冷たいアスファルトの上に全裸で抑えつけられながらも、あたしは空に向かって、思わず高笑いした。
(了)
渋谷スクランブル交差点の渋谷駅側で信号待ちをしているとき、あたしは、おもむろにつけていた医療用マスクを外した。
ローファーとソックスも脱いで、裸足になった。十二月のアスファルトは、思った以上に冷たい。
スカーフを外して、制服の上着とシャツを脱ぐ。脱いだものは、すべて、大きなスポーツバッグにぶち込んでいく。
すぐに、スカートをおろす。
次第に、人々の視線が、あたしに集中しはじめた。
ブラジャーのホックを外して、胸から取り、バッグに投げ入れる。外したてだから、ワイヤーで締め付けられていた部分の跡が、肌にくっきり残っている。この跡が消えるまでの数分間が、あたしは嫌いだった。
そして、最後、パンツを脱いだ。薄めのヘアが、露わになった。
あたしは、全裸になり終えたのだ。
ちょうど、信号が青になった。
パンツも入れたスポーツバッグだけを肩にかけ、あたしは全裸で、スクランブル交差点を真っ先に駆け抜けていく。
何人もの通行人が振り向いたり、スマホで写真を撮ったりしているが、そんなものには、かまっていられない。
交差点を渡り切ると、左方向の道玄坂に向かった。
──この坂を登り切れば、きっと……。
あたしは、女子サッカーの選手だ。日頃から走り込んでいる。この坂道だって、なんなく上っていける。
ただ、あたしは胸が大きい。締めるつけるものがないと、走っているときに、乳房がグルングルン回転しまくって、邪魔でしょうがない。でも、肩にかけているスポーツバッグで、胸を押さえるのは嫌だった。それをすると、今、あたしがしている行動の意義が半減する気がした。今は、あたしの全裸を、人々に見せつけることが、なによりも大事なんだ。
109前の信号が、ちょうど青だったので、そのまま一気に駆け抜けた。
あたしは、サッカーのドリブルの要領で、人を交わしながら、進んでいく。通行人たちは、あたしとすれ違った後になってから、「えっ?」となって、振り返るのだ。坂道を駆け抜ける全裸の女子高生を。
──可能性がまわりに充ちているときに、それをやり過ごして通りすぎるというのは大変に難しいことなんだ。
そう書いていたのは、ドストエフスキーだったか。いや、あたしはドストエフスキーなんか読んだことはない。誰かがドストエフスキーについて書いたものを、読んだのだろう。
そう、その可能性ってやつだ。
とにかく、あたしは、あそこで全裸にならずにはいられなかった。なんでかって? 日本の閉塞感を打ち破って、明るい未来を切り開くためだよ。
全速力で走り続けていて、体はシンドくなってきてはいたが、頭はなぜかクリアで、そんなことを冷静に考えていた。走るときに聴こえる風の音が、妙に鼓膜に響く。
走り続けていると、道玄坂の交番に近づいてきた。交番から、警官二人が、こっちに向かって走ってくる。あたしは、二人の間をドリブル突破するかのように、力強く、しなやかにすり抜けた。残された警官二人は、棒立ちだ。
警官二人を置き去りにし、少し安心したところに、今度は、通行人のジジイが突然抱きついてきた。予測外のことに動きを止められたあたしは、さっき置き去りにしてきた警官二人に、捕まってしまった。
「ちきしょー、放せよ! 坂を上り切るんだよ。あの坂の向こうに!」
あたしは喚き散らし、手足を激しく振って、暴れた。
警官の一人が、ラグビーのタックルの要領で、あたしの両脚を捕まえて、押し倒した。すかさず、もう一人の警官があたしの上半身に馬乗りになって、両腕を押さえつけた。
仰向けに倒されたあたしの目に、突如、冬晴れの真っ青な空が映った。
その空を見た瞬間、もうどうでもよくなった。
あたしは、可能性に賭けたのだ。それが、すべてだ。
──今、日本の明るい未来にbetしたんだよね。
冷たいアスファルトの上に全裸で抑えつけられながらも、あたしは空に向かって、思わず高笑いした。
(了)