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第5回「小説でもどうぞ」佳作 熊印のベビーカステラ屋/SALoN

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第5回結果発表
課 題

賭け

※応募数242編
「熊印のベビーカステラ屋」SALoN
 日も短くなり、夜はだいぶ冷え込むようになった。彼女が寒いねと言うので、手を握って自分のポケットに入れ込む。あたりは煌びやかな金色の小判や赤色の札など派手な装飾をあしらった熊手を大量に飾り立てた露店が立ち並び、人々は浮かれたように白い息を吐きながら行き交っている。
 毎年恒例、熊手を買いに酉の市にやってきた私たちは長い行列を経てお参りを済ませ、ようやく新しい熊手も手にしたところ。でもまだ帰らない。私達にはもう一つ、大事な目的があるのだ。

「あったあった、あそこじゃない?ほら、熊の紙袋。」
 言いながら嬉しそうに駆け出して行く彼女の後を追ってその屋台に近づくと、甘くて優しい匂いがしてきた。ピンク色の紙袋に可愛い熊のイラストが目印。絶品のベビーカステラ屋と聞いていたが、ちょうど誰も並んでおらず、店のおやじさんが腰に手を当てながらタバコをふかしていた。
「わー美味しそう。たくさん買って帰ろうよ」
「そうだね。いくらで売ってるのかな?」
 店の前に出ている看板によると、ベビーカステラは10個、20個、40個とあるらしい。でも、肝心の値段が書いてない。
「ええと、40個だといくらですか?」
 恐る恐る聞いてみる。
「ああ!?40個だ?」
 いきなりキレ出すおやじさん。なんなんだ。ブツブツ言いながらも生地を鉄板に流し込んで行く。おやじさんはどうやら腕が痛むようで、しきりに腕をプラプラさせたり揉みほぐしたりしている。たくさん頼んで悪かったかな。しかし、値段は一体いくらなんだ。
「俺はベビーカステラを40個賭ける。お前は何を賭ける?」
 いきなり何を言い出すんだ、このおやじさんは。彼女も意表を突かれたようで、私達は顔を見合わす。 
「このベビーカステラには俺の全てを賭けてるんだ。それを40個だぞ、お前もいちばん大切なものを賭けろ。」
「いちばん大切なのは、この彼女です。」
「結婚したいのか」
 彼女が頷く。
「子供は?」
「欲しいです。」彼女が真剣な眼差しで答える。

 おやじさんはベビーカステラの焼き器のレバーを掴み、ギーと音を立ててひっくり返した。
 結婚や子供については今まで何度も二人で話し合ってきた。私たちはどちらも幸せな家庭への憧れがあるのに、今この国では私たちへの補助や支援は期待できず、意見もぶつけ合って何度も嫌な思いをした。最近になってようやく前向な気持ちになってきたところだ。

「君たちは結婚できないぞ」
 なんて失礼なことを言う人なんだろう。
「子供もできない」
「そんなの分からない。人工授精でもなんでもして家庭を築く」
 カッとなって強い語気で言い返す。
「病院はやってくれんぞ」
「そんなの分かってる。なんでも自分たちでやっていく。」
「万が一の事があっても、ICUにすら入れない」
「それでも、彼女と子を育てる喜びを共有したい。」
 おやじさんはまた焼き器をひっくり返すと、蓋をゆっくり開ける。湯気がモワッと立ち昇り、中からフワフワの玉のように輝いたベビーカステラが現れた。おやじさんは長い棒でひとつずつ突いて出しながらフッと笑った。
「よし、子ができようができまいが、お前たちの勝ちだ。ベビーカステラ40個、くれてやる」
 おやじさんはベビーカステラを目で数えながら熊の袋にガサガサと入れていくと、彼女に渡してくれた。彼女の?に、一筋の涙。

 帰り道、ベビーカステラをひとつひとつ頬張りながらたくさんの話をした。
「変なおやじだったね」
 そう言う彼女はとても綺麗で、一生かけて一緒に幸せになろうと思った。

 私も彼女も、子を産もう。
 自信を持って、暮らしていこう。
(了)