公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

高橋源一郎の小説指南「小説でもどうぞ」佳作 不幸の鳥/北島雅弘

タグ
作文・エッセイ
結果発表
小説でもどうぞ

第3回 高橋源一郎の小説指南「小説でもどうぞ」 佳作

不幸の鳥
北島雅弘

 僕は服装を整えて着替えの入ったナップザックを背負った。

「じゃあ、行ってくるよ」

「どこへ行くんだい」

 母さんが訊いた。

「幸せの青い鳥を見つけに行ってくる」

「『幸せの青い鳥』というのは『灯台下暗し』の話だろ」

「何それ」

「幸せを探しに出ても、それは結局すぐ近くにあるってことさ」

「そうか。じゃあ、『不幸せな黒い鳥』を探しに行ってくるよ」

「なんでそんなものを探しに行くんだい」

「その鳥を開放して、不幸せな人を幸せにしてやるんだ」

「ふーん。まあ、なんでも勉強だ。行っといで。気を付けて行ってくるんだよ」

「行ってきます」

 こうして僕は『不幸せな黒い鳥』を探す旅に出たのだった。

 最初に出会った肩に黒い鳥を載せていた人は、ランドセルを背負った小学生の男の子だった。僕がその後を歩いていると、その子が紙を落とした。僕はそれを拾って「落としたよ」と後ろから声をかけた。

「え、なんで拾うんだよ、捨てたのに」

 男の子は紙を受け取りもしなかった。くしゃくしゃになったそれを広げてみると、0点の答案用紙だった。

「0点だ」

「0点だよ。僕は頭が悪いんだ」

「君の顔を見てると、頭が悪いとは思えないな。勉強すればそれなりの点が取れるんじゃないの? なんで勉強しないの」

「勉強する才能がないからだよ」

「勉強するのに才能が必要なの?」

「そうだよ。何にでも才能は必要なんだ。努力しろっていうでしょ。でも努力するにも才能は必要。才能のない者には努力もできない」

「そうなんだ。それは不幸なことなの?」

「才能がないのが幸せだと思うやつなんかいないよ」

「そうか。じゃあ、それもらってあげるよ」

 僕は彼の肩に止まっている黒い鳥を鳥かごに入れた。

 男の子と別れて、またすぐに黒い鳥を肩に止まらせている人と出会った。若い女の人だった。僕が前から歩いてくるのにも気がつかないで、下を向いて歩いていた。

「あの」と僕は声をかけた。女の人が顔を上げた。鼻の穴の大きな人だった。

「なんですか」

「お姉さん、不幸ですか?」

「何。突然」

「肩に黒い鳥を載せているものですから」

「ああ、これ? 追い払っても追い払ってもどこにも行かないのよ。一時いなくなったと思ったらまた元のように肩の上に来て止まっているの」

「お姉さんが不幸せならその鳥、もらってあげてもいいんですけど」

「ええ? ほんと。もらってもらって。私、すごい不幸なんだから。不幸を集めて積んだらスカイツリーより高くなると思うよ。顔がぶす、家が貧乏、それで学校行けなかったから学歴なし、親もバカ、その親が私のことをだめな奴だと言い続けたから私は何もできない。もう、こんな人生うんざり。この鳥がいなければ幸せになれるの?」

「僕が集めて、家に帰って解放しますよ。そうすると不幸の鳥は自由になってどこかへ飛んで行ってしまいます」

「わあ、ありがとう」

 こうして僕は日本全国を回って、数え切れないくらいの「不幸せな黒い鳥」を集めた。そうして集めた鳥を、空の青が一番深い日の朝に一斉に飛び立たせた。自由になった鳥たちは青空の中を四方八方に飛び去っていった。

 その様子を後ろで見ていた母さんが、「ご苦労なことだね」と言った。

「これであの人たちは幸せになれるね」

「鳥の行き先を知ってるかい。みんな元の飼い主の所に戻っていくんだよ。鳥がそこへ行きたいんじゃない。飼い主が呼び寄せるんだ」

「なんで? みんなこれで幸せになれるはずなのに」

「ばかだね。お前は。自分が不幸だ、不幸だと言う奴は救いようがないんだよ。そういう人間はそう思わなければ生きていけないんだ。だから鳥を肩に載せている。そのことがわかれば鳥は自然に肩から飛び立っていくんだけどね」

 僕は空を見上げた。鳥は全部おうちへ帰ったみたいだ。

(了)