今さらながらですが投稿いたします。最後というテーマでは暗くなるなと思い、明るい感じにしたかったんですがうまく行かず落ちがいまいちな(というか意味不明な)ものになってしまったかなと思います。 #小説でもどうぞ #第34回どうぞ落選供養 夕方のことだった。男子大学院生が人通りの少ない道を歩いていると物陰から白のジャンパー男が飛び出し倒れ込んできた。おどろいた院生は倒れた男の顔を恐るおそる覗き込んだ。顔は、まだ、若い。自分とはそこまで離れてなさそうだった。痛めたところがうずくのか苦悶の表情だ。 「だいじょうぶですか?」 「う、うるせえ」 乱暴な口調だ。男はゆっくりと起き上がるとよたよたと歩き始めた。左足を引きずっていて歩きにくそうだった。 「あの、病院とか行った方がいいと思いますよ」 「うるさい。ついてくるな」 「でも、その左足折れてませんか?」 「……折れてねえ」 その後も何度かやり取りを交わして病院へ行くよう説得を試みたが男はどこまでも頑なだった。もう構わない方がいいだろうか。そう思ったが院生は男のことを放っておけなかった。 「わかりました。じゃあ病院はいいです。その代わりに手当てだけはさせてください」 「はあ? だから良いって言ってるだろ」 「さすがにけがしてるひとをこのまま見捨てたら寝覚めが悪いです」 男はそう言われると、逡巡したあと「じゃあ」とだけつぶやいて院生についてきた。 院生の自宅マンションは男と出会った場所から五分ほどのところだった。たいしたことはできない。せいぜい男の顔や腕にできたすり傷にオキシドールで消毒しておおきめの絆創膏を貼り付けてやるくらいだ。折れているかもしれない左足はネットで調べた骨折時の応急手当てのやり方を見よう見まねで施した。 「だから別に折れてねえよ」 「折れてなくてもヒビが入ってるかもしれません。やっぱり病院まで送りますから」 「病院には行かねえよ」 「さっきからそれ、なんでなんですか?」 院生は叱る親のような口調で男に問い詰めた。 「保険証も金もないからな」と、男は目線をそらしてぼやくようにに答えた。 なるほど、もしかしたら無職のひとか。院生はそう納得した。 「あんた、法学部の大学生?」 男は院生の部屋を見渡していた。目線の先には参考書が詰まった本棚がある。 「法学部は卒業してます。いまはロースクールに行っていて」 「検察とか目指してるのか?」 「いえ、弁護士です」 そこまで聞くと男は無理やり立ち上がった。トイレかと思ったが、玄関の方へと向かっていく。 「じゃあな世話になった。ありがとうよ」 「え、どこいくんですか」 「帰る」 院生はあわてて引きとめた。 「だから、その引きずった足じゃ無理ですって」 「お前もしつこいな。余計なおせわだと……」 痛みが走ったのか男の言葉は途切れた。院生はその姿をみかねて「もう夜です。きょうは帰れないでしょうからここに泊まってください」と言った。 「正気か?」 男は信じられないと言った表情で院生を見つめた。 「はい。外も寒いですしね」 院生は窓の外を見るように部屋の方を振り返った。カーテンの隙間から見える外は暗い。すると男は無言のまま院生の横を通って部屋へと戻った。部屋の隅っこまで行くと、そこで何も言わず腰をおろしてそのままうつむいた。院生はそれをみてほっとした。 その晩はLサイズのピザをとってふたりで食べた。男はあまり手をつけなかったが、それでも何切れかは食べていた。 零時を周り、寝る時間となった。男は座っていた場所でそのまま寝ようとした。院生は毛布を一枚貸した。電気を消し、眠気が深まってきたときだった。男は突然、院生に尋ねた。 「お前、なんで弁護士になりたいんだ?」 「そうですね、やっぱり困って弱ってる人を助けたいからでしょうか」 「俺を助けたのも、それが理由か?」 「はい」 「そうか」 「ところで、あなたはなぜあんなところにいたのですか? けがはなぜしたんですか?」 院生の問いに、男は何も答えなかった。寝てしまったらしい。院生もそのまま目を閉じ眠った。 朝。うめき声が聞こえ、院生は飛び起きた。男の顔を見ると汗が吹き出していた。痛みが増したようだ。どうしようと思っていると、「おい」と男が声をかけてきた。 「寝る前の質問に答えてなかったな。俺はなずっと盗みをはたらいてきた。きのうも、民家に侵入して金を奪おうとしてたんだ」 院生はなにも言わず、男の目をじっと見た。男も院生から視線をはずさなかった。 「だれもいない時間を狙ったはずだが、なぜか住人がいてな。外まで逃げたが捕まって揉み合いになって、階段から落ちた」 「それでけがしたんですね」 「そうだ。ダサいよな」 痛み止めを渡すと男は一気に飲み込んだ。 「警察、行きましょう。逮捕されますが治療は受けられるはずです」 男はすっかり観念していたのか、院生の言葉に何度もうなずいていた。 男は警察に行く前にシャバで最後の飯を食いたいと言った。何が食べたいか聞くと「牛丼」と答えたので、近くにある牛丼屋で弁当を買ってきた。痛み止めがいくらか効いているのか、男の顔はおだやかだった。 特盛の牛丼を食べながら、男がぼそりとつぶやいた。 「俺もこれで最後。人生終わりだな」 それを聞いた院生は首を横に振った。 「なに言ってるんですか? 生きてる限りいくらでもやり直しは出来ますよ」 「バカ言うな」 「ほんとうですよ」 院生のやけに自信に満ちた言い方に男は思わず顔をほころばせた。 「……そうか、お前がそういうならそうなんだろうな」 その顔はとてもうれしそうだった。
島本貴広