第36回小説でもどぞ落選供養その2です。 相変わらずの字数不足の上に、オチが見つからなかった迷い子のような作品です(汗) 『ある胸像の一生』 齊藤想 芸術家は、ヨーロッパにある帝国の皇帝の要求に頭を抱えた。 「ワシによく似た立派な胸像を作れ。手心を加えたら承知しないぞ」 その皇帝は不細工な上に、短気かつ暴力的で有名だった。姿かたちを忠実に再現したら激怒されて首を切られかねない。かといって皇帝の命令に反しても処刑されてしまう。 悩んだ芸術家は、皇帝とほどほどに似せてみたところ、誰にも似てないようで、誰かに似ている奇妙な胸像を完成させてしまった。 皇帝は怒ったが、芸術家はすでに異国に逃亡していた。皇帝は芸術家の行方を追うことに必死になり、胸像のことなどすっかり忘れていた。 数百年後、その帝国がアラブ人によって滅ぼされた。アラブ人たちは歴代皇帝の胸像を破壊したが、ひとつだけ正体不明の胸像が紛れ込んでいることに気が付いた。 いったい彼は何者なのか。兵士たちが迷っていると、アラブの高官が叫んだ。 「このお方は、もしかしたらダディアーヌ3世ではないか。きっと、過去の敗戦時に奪われたものに違いない」 なにしろ、この胸像は誰にも似てないようで、誰かに似ている。誰かが「ダディアーヌ3世だ」と言えば、そう見えてしまうのだ。 この胸像が、昔の大王だと信じたアラブ人たちは、胸像を大切に持ち帰り、首都に壮大な寺院を建てて安置した。 胸像に安息の日々は訪れない。百年後、アラブ人の首都を歴史的な大雨が襲った。 洪水はアラブ人の都市を押し流し、寺院も破壊し、胸像は海岸線まで押し流された。 この胸像を拾ったのは、海を挟んだ反対側に住むギリシャ人だった。 なにしろ、この胸像は誰にも似ていないようで、誰かに似ている。おまけに、長年の風化で様々な色が付き、人種も時代も不明になっている。 ギリシャ人は、この胸像に自分とよく似ている部分を発見してしまった。よく見ると、目元と耳の形がそっくりだ。つまり、この胸像は自分たちの先祖に違いない。 胸像を拾ったギリシャ人は、これは神様からのプレゼントだと信じ、先祖伝来の墓地の入口に安置して、一族の守り神として大切に敬った。 胸像の放浪はまだ続く。今度は第二次世界大戦の荒波が襲い掛かる。 ギリシャで戦利品を探していたドイツ軍の兵士たちは、ギリシャ人の墓で奇妙な胸像を発見した。 「これは、我が総統ではないのか」 胸像は長年の風化で鼻の下が崩れかかっており、それが総統のちょび髭に見えたのだ。 なにしろ、誰にも似ていないようで、誰かに似ている胸像だ。ちょび髭が似ていると思えば、全てが総統に見えてしまう。 胸像は兵士たちの手によって磨き上げられ、ちょび髭も「復元」させられ、ドイツに送られた。総統は大喜びして、ベルリンの大通りで飾られることになった。 戦争が進み、一時期はヨーロッパを制覇する勢いだったドイツも敗勢となり、ベルリンにソ連軍がなだれ込んだ。 そのとき、ソ連軍は砲弾によって倒れている胸像を発見した。その胸像を見て、ソ連軍は驚いた。 「これはスターリン閣下の胸像ではないか」 例の胸像は、ドイツによって取り付けられたちょび髭のおかげで、今度はスターリンに見えてしまったのだ。 なにしろ、誰にも似ていないようで、誰かに似ている胸像だ。髭がスターリンに見えれば、全てがスターリンに見えてしまう。 こうして「スターリン像」は東ドイツに送られて、共産主義陣営の戦勝の記念碑として飾られることになった。 ところがスターリンの人気が落ちるとともに、この胸像は忘れ去られた。おまけにちょび髭が取れたことで、誰もスターリン像とは思わなくなった。 なにしろ、誰にも似ていないようで、誰かに似ている胸像だ。誰にも似てないと思われたら、その瞬間に誰でもなくなる。 その後、ベルリンの壁が崩壊し、そのドサクサで胸像は行方不明となった。 この胸像について、様々な噂がある。 映画のセットとして使われた。小学校の校庭で薪を背負わされて本を読んでいる。過激ユーチューバーが視聴回数稼ぎのために壊した。などなど。 だが、この胸像は、いまも世界のどこかで「発見」される日を待ち続けている。誰かが「○○に似ている」と言い始める、その日まで。 #第36回どうぞ落選供養
齊藤 想