〈アート〉のもう1作のほう、ほかに応用きかないので、落選供養しておきます。どうしても自作に自信が持てず、つくログに投稿するのも不安しかありませんが、これもつくログ仲間との修行と思ってアップします。 #第36回どうぞ落選供養 第36回 課題「アート」応募作品 タイトル:初めて買った絵 氏名:ササキカズト 私は絵を見るのが好きだ。暇さえあれば、美術館やギャラリーなどを見て回っている。 西洋画に日本画、写実に抽象、古典から現代アートまで、あらゆるジャンルの絵が好きだが、一番好きなのはピカソだ。ピカソの自由な絵が大好きだ。 ピカソは人気もあり最も偉大な画家の一人だが、「よさがわからない」と言われることもある。理解出来ない理由として「子どもでも描けそうな絵」というのがあるが、むしろ最大の魅力はそこにあると私は思っている。子どもが描くような絵だからこそ魅力的なのだ。実際私は、幼稚園児や小学生が描く絵も大好きだ。ピカソと同等の魅力にあふれている。 子どもが描いた絵と同等なら、なぜピカソの作品は何億円という額で取引きされるのか。美術史的な価値ということで、ある程度は理解できるが、億という金額は行き過ぎだと思う。 わが家にも、幼稚園に通う五歳のピカソが一人いる。息子だ。わが家の壁には息子の描いた絵がいっぱい貼ってある。クレヨン画がほとんどだが、絵の具を使った絵もある。うちにもピカソと同等の魅力にあふれる絵がたくさん飾ってあるのだ。 「パパ見て、パパを描いたよ!」 わが家のピカソは、絵を描き上げると私のところに見せにくる。 「すごい!上手! 線が元気で素晴らしい!」 褒めてあげると、少し照れたような、それでいて自慢げな表情になり、とても可愛らしい。 「ママにも見せてくる!」 息子はキッチンへと走っていった。私が家族のしあわせを感じるひとときだ。 ある日曜日。私は、ネットの画像で気になった無名の新人の作品を見るため、新橋の小さなギャラリーを訪れていた。狭く小さなビルの二階。四坪くらいの展示スペースに三十点ほどの作品が展示してあった。水彩画で、あまり大きな作品はなく、ちょうど息子が使っている画用紙くらいの大きさの作品が多かった。 どの絵にも一人から数人の人間が描かれている。震えるような輪郭線だけで描かれていて、顔はない。人間というより異形の者という感じだ。スマホやパソコンを操作しているので人間だとわかる。現代人の虚無感や孤独が表現されているのだろう。人物の輪郭線は素朴で味わい深く、どことなくユーモラス。また色合いもとてもきれいだった。私はこの世界観に没入してしまった。やはり絵というものは、有名無名など関係ないのだ。 これらの素晴らしい作品が無名の新人の作であるというのは、付けられた値段でわかる。ほとんどが数万円と安いのだ。しかしどの作品にも売約済みの札が貼られていた。ただ一点、私が一番気に入った作品のみが売れていなかった。 三万円。買えない値段ではない。私はこの日初めて、絵を買ってみたいという衝動にかられた。 肖像画がモチーフなのだろうか、モナリザのように体の前で腕を重ねた、輪郭線だけの人。背景はシンプルな窓とカーテン。明るい印象の絵だった。三万円というのは、中流サラリーマンの私にとっては、気軽に出せる金額ではない。しかしぎりぎり小遣いの範囲で、妻に相談なしでいける額でもあった。私はずいぶんとこの絵の前で考え込んでしまった。 「お気に入りになりました?」 いつの間にか隣に立っていた初老の男性が話しかけてきた。 「まだ学生なんですが、化ける可能性ありと思ってます。来年は私がやってるメインのギャラリーで推していきたいと考えてます」 このギャラリーのオーナーのようだ。 「今日が最終日でもう閉める時間なのですが、もし気に入っていただけたのなら半額にしますよ。これが売れれば完売となって縁起がいいので」 一万五千円! 「そこにいる作家くんが一万五千でいいと言ってたのを、私が三万でいけると変更させたものなんです」 部屋の隅の衝立に半分隠れて座っていた若者が、立ち上がってペコリと頭を下げた。内向的な感じだが、好青年という印象を受けた。 初めて絵を買った。その場で包んでもらい家に持ち帰った。軽い高揚感があった。 妻と息子に見せた。 「いい絵じゃない」と妻。 「ぼくも描く!」と息子。 息子はリビングのテーブルに画用紙を広げ、クレヨンでグリグリと描き始めた。今見た絵に影響を受けて、輪郭だけの人物を描いていた。 妻に小声で値段を言うと一瞬目を丸くしたが「すごい安いよ」と言ってくれた。 シャワーを浴びてリビングに戻ると、妻は夕食の準備でキッチンにいて、息子はまだリビングで絵を描いていた。 「パパ見て! 顔描いた!」 うれしそうに息子が見せてきたのは、私が今日買ってきた絵だった。 新人くんが描いた輪郭線だけの人物が、息子が描いたクレヨンの顔で、ニコニコと笑っていた。元気な線で描かれた満面の笑顔だ。 私は、数十秒のあいだ固まってしまった。様々な思いが、頭を駆け巡る。 一万五千円が台なし! なんで落書を! なぜしまわなかった私よ! 子どもの絵は素晴らしい! ピカソと同等の価値! 価値が上がったかもしれないのに! どうせ半額! これが家族のしあわせ! わが家のピカソ! ああ、わが家のピカソよ! 私は息子に言った。 「す……すごい……上手だよ。線が元気で素晴らしい……」 自慢げな表情になった息子が「ママにも見せてくる!」とキッチンに走っていった。 「えーーーーー!」という悲鳴のような妻の声。 新人くんよ、すまない。息子との合作として飾らせてもらうよ。 私はその絵を、リビングの一番いい場所に飾り、家族三人であらためて鑑賞した。 とてもいい。泣けるほどいい絵だ。 〈了〉
かずんど