#第37回どうぞ落選供養 言い訳させて下さい、私の倫理観が狂っているのではなく、モデルにした人物の倫理観が狂っているんです😇 ✨✨題名:候補✨✨ 「健司、ハッピーバースデー!」 健司のマンションの部屋のインターフォンを鳴らし、叫んだ。 健司の誕生日を祝うように、星々が空を覆い尽くしていた。今は、深夜零時。健司の誕生日を対面で最初に祝う人物になりたかった。 健司は、なかなか部屋から出て来なかった。突然、深夜に訪問したのだから、当たり前か。でも、私は健司を愛しているのだから、当然の行為だ。 ドアが開いた。健司は、ガウンを着ていた。何故か、健司の顔には、焦燥が浮かんでいた。 「優子、ありがとう。でも、深夜の突然の訪問は、勘弁してくれ。俺は寝ていたんだ」 「だって、健司の誕生日だもの。私が最初にお祝いしたかったの……待って、首筋の痣はどうしたの?」 健司は、顔色を変えて、首筋を隠そうとした。私は、健司が着ているガウンをはだけさせた。赤い跡が点々としていた。 無言で部屋に踏み込んだ。背後で健司が騒いだが、無視した。私たちの愛の巣のベッドを見て、体が硬直した。生まれた姿のままの女が、ベッドに腰掛けていた。 「健司、誰が来ていたの?」 「貴女、誰なの? 健司の彼女は、私よ」 「貴女こそ、誰なの? 健司は私のものよ」 「美鈴、違うんだ。優子は、ただの友達だ」 駆け込んで来た健司の言葉が、刃となって私の胸に突き刺さった。 私たちが共に過ごした時間は、何だったの? 私のほうが、この女より魅力的よ。 「健司、説明してよ」 振り返ると、健司を睨み付けた。私の大好きだった顔を醜く歪めて、健司は、口を開け閉めするばかりだった。 「健司、お誕生日おめでとう! ドアが開いていたから、入ったよ……この女たちは、誰なの?」 「健司、貴方の誕生日を祝いに来たのに、何で、こんなに女が集まっているの?」 ドアから、大量の女たちが侵入して来た。気付けば、部屋の中には、十人の女が集っていた。健司は、髪を掻き回すと、絶叫した。 「お前らは、全員、俺の彼女候補なんだよ! 俺と付き合っている彼女は、誰もいない!」 部屋を静寂が支配した。次の瞬間、女たちの罵詈雑言が、健司を襲った。 「私を運命の相手だって、言っていたでしょ」 「世界が崩壊しても、私を離さないって、言ったのは、嘘だったの?」 「健司、許さないから」 いつの間にか、美鈴と呼ばれていた裸の女が、包丁を握り締めていた。私が健司のために、料理を作った時、使用した包丁だった。 「その包丁を汚い手から放して! 健司と私の愛の証よ!」 美鈴に向かって叫ぶと、美鈴は高笑いした。 「健司、覚悟して!」 「美鈴、止めろ!」 美鈴が、健司に向かって、包丁を振り下ろそうとした。健司は、床に這いつくばり、包丁から逃れようとした。情けない健司の姿に、健司への愛が、崩壊していった。 「美鈴、何で、裸なんだ! その男は誰だ!」 一人の男が、息を荒げて、部屋にやって来た。男を振り返った美鈴の動きが止まった。美鈴の顔が、青ざめていった。 「達也、何で、ここに居るの! 私のスマートフォンに小細工したのね!」 「最近、美鈴の行動がおかしかったから、スマートフォンに、追跡アプリを入れておいたんだ! 今の状況を説明しろ!」 「何で、お前が男の部屋に居るんだ!」 「僕との愛を裏切っていたんだな!」 息せき切った男たちが、部屋に詰め掛けた。十人の女と十五人の男が占拠した部屋は、すし詰め状態になった。目の前の光景は、現実のものとは思えなかった。 「すごい光景ね」 浮気した男を、女たちが取り囲み、浮気した女たちを、男たちが問い詰めている。殺傷沙汰になるのは、時間の問題だ。今日の朝のニュースに登場する人物には、なりたくない。 「健司、さようなら。クソ男だったけど、貴方との時間は、忘れられない」 は部屋のドアの外に出た。ドアを出ると、野次馬たちが集まっていた。健司の部屋の近くに住んでいるだろう、野次馬たちは、怒鳴り声と悲鳴に満ちた部屋を覗き込んでいた。 野次馬たち視線が、私に集中した。体を刺す視線を無視し、マンションを後にした。 健司との別れを決意しても、じんじんと心は痛んでいた。マンションを出ると、傷心を慰めてもらいたくて、誰かに電話をしようとした。電話帳に並んだ「彼氏候補A」「彼氏候補B」「彼氏候補C」の文字を眺めた。「彼氏候補C」の電話番号を押した。 「優子、先刻、家を出て行ったばかりなのに、どうしたの?」 優しい低音の声に、心が癒されていった。年収は低いが、「彼氏候補C」は、最も思いやりがある。「彼氏候補C」は、何処か物足りなく感じ、彼氏にはしなかった。健司と別れた今、「彼氏候補C」を彼氏にしよう。 「今から、家に戻っても良い? 喧嘩したのは、私の本意じゃないのよ」 「家に戻る必要はないよ。すぐ傍に居るから」 「彼氏候補C」の声が、背後から聞こえた。背筋が凍っていった。 振り返ると、平均的な容姿の「彼氏候補C」が、ゆっくりと私に近付いて来た。「彼氏候補C」は、顔を強張らせていた。 「突然、部屋を出て行ったから、後を追い掛けたんだ。浮気していたんだね」 「待って、健司は友達に過ぎないの。愛しているのは、貴方だけよ」 「皆、そう思っていたよ」 「彼氏候補C」の背後から、「彼氏候補A」と「彼氏候補B」が現れた。二人が握っている包丁を見て、汗が全身から噴き出した。 私は、今日の朝のニュースに載る事態を避けられないようだ。「彼氏候補B」が振りかざした包丁を前に、悲鳴を上げた。(了)
みぞれ