#第37回どうぞ落選供養 さて。W版〈善意〉の投稿も済んだし、私も『小説でもどうぞ』〈すごい〉落選供養、やっておかねばならないでしょうね。毎度、落選作をアップすることには抵抗を感じてしまいますが、これもつくログ仲間との修行。遅ればせながらアップいたします。 「高橋源一郎の小説指南 小説でもどうぞ!」 第37回 課題「すごい」応募作品 タイトル:友だちがすごい 氏名:ササキカズト 「よう来たぞ」と、俺 「チャリで来たのか?」と、吉高。 「ああ」 「すごいな、水木!」 「別にすごかないだろ」 「電車に乗らなかったんだろ」 「たかだか二駅だ」 俺は笑いながら吉高に言った。大学の入学式で「同じクラスだね」と声をかけてきた吉高とは、最初から通じ合うような何かを感じ、すぐに親しくなった。 知り合って二週間が過ぎた日曜の午後、俺は吉高に呼びだされた。壊れたパソコンを直してほしいと電話があり、彼のアパートまでやって来たのだ。 「直すのが得意って言ってただろ」 俺はたしかに壊れたものを直すのが得意だ。時計や家電製品などが壊れたとき、俺はまず叩いてみる。するとたいがい直ってしまう。たぶん何かの接触がよくなるのだろう。ほとんど直らなかったという記憶がないので、俺には特別な才能があるのかもしれない。そんな話を、先日吉高にしたのだ。 「俺のパソコンも叩いて直してくれよ」 「こういう精密機器はあまり叩かないほうがいいだろ」 日本のメーカーのノートパソコン。開いて電源を入れても起動しない。 「直しかた検索してみた?」 「いや。水木に叩いて直してもらいたいから調べてない」 そう言って吉高はパソコンをパタリと閉じた。俺のほうを見て、さあどうぞと手のひらをパソコンに向けた。 直るわけない。頭の半分でそう思いつつも、直ったら面白いな、とも思っていた。俺は、手のひらでポン!とパソコンを叩いた。 「どれどれ」 吉高がパソコンを開いて電源ボタンを押すと、ウインドウズが起動した。 「すごい! 直ったじゃん!」 これはまあ、我ながらすごいと思った。すごいすごいと、二人で笑った。 「実はテレビも壊れてるんだ」 「は? 大学入って新生活始めて、なんでもうテレビが壊れてるんだ?」 「安いから、壊れたテレビ買ってきた。水木に直してもらえばいいかなって」 「何でもかんでも直せないよ」 「いや。水木なら直せる。俺の直感だ」 五十インチの液晶テレビ。コンセント差してアンテナ線をつなぐが、画面が薄く光っているだけだ。チャンネルや設定の文字も、何も映らない。 「さあ、叩いて叩いて!」 吉高が俺をうながす。俺もなんとなくその気になって、肩などグリグリ回してみた。 「行くぞ」 俺はテレビの上のほうを、バン!と一回叩いた。 パッと画面が明るくなり、ニュースを読むアナウンサーの映像が映った。 「すごい! すごいよ水木! すごいすごい!」 二人で手を叩いて喜び、笑いながら座り込んだ。 テレビの映像を見ているうちに、二人とも真顔に変わった。ニュースで列車事故の映像が流されていたからだ。脱線事故で電車の一両目が横倒しになっている。多くのけが人がでて、三人亡くなったらしい。 「これ……」 俺が吉高のアパートを訪ねるのに、自転車を使わなかったら乗っていたはずの電車だ。 「やば……。チャリで来てよかった」 「やっぱりすごいよ、水木」 「なんとなくチャリに乗りたくなったんだ」 「無自覚だからよけいにすごいんだよ」 「ん? 無自覚?」 「それが未来予知だってこと、わかってないんだろ」 「未来予知?」 「そう。水木、お前は今日、この事故を予知して、それを回避するためにチャリで来たんだ」 「な……何言ってるんだ、吉高」 「自分が能力者だって自覚してない。今日はそれをたしかめるために、あえて事故の時間にお前を呼んだんだ。ちゃんと回避して来たので、すごいって思ったよ」 「まるで事故が起きるってわかってたみたいな……」 「俺もある程度予知できるからな。俺はもっとすごい能力あるけどな」 吉高が変なことを言いだしたので、俺は混乱していた。しかし腑に落ちるところもあった。なんとなく予感がして的中するという経験は、今までもけっこうあったからだ。 「水木。お前の予知能力はそれほど高くない。お前の本来の能力は、物質を動かしたり変化させる能力だ。叩いて直せるのはその能力なのさ。そっちをもっと伸ばしていこう」 「伸ばす? 何のために?」 「人助け、かな。ヒーローみたいな。いっしょにやろうぜ、人助け」 俺は混乱していたが、吉高が言うことに嘘はないと感じていた。通じ合う力……みたいなものを感じていたのだ。 「おい吉高。お前、列車事故を予知してたって言ったな」 「ああ」 「俺が電車に乗ってたらどうするつもりだったんだ」 「大丈夫だって予感があった」 「予感、かよ」 「それに、どのみち俺の能力を使うつもりだったし」 「お前の能力?」 「俺は時間を戻すことができるんだ。俺と、今一緒にいるお前だけ、ここまでの記憶を保ったまま、事故が起きる前の時間に戻れるんだ」 「時間を戻すだって?」 「さすがに信じられないだろうな。今からやってみるからな。お前がチャリに乗るときに時間を戻すよ。ところで事故原因はわかるかい?」 「……子どものいたずらだ。線路に……壊れた傘を置いたんだ」 そういう映像が頭に浮かんだ。 「自覚したから能力上がってきたな。じゃあ事故が起きるはずの踏切で待ち合わせだ。いたずら止めるぞ!」 吉高が俺の背中をバン!と叩いた。 ……俺は自転車にまたがるところだった。吉高のアパートにいたはずが、俺の家の前にいた。スマホで時間を見ると、事故の二十分前だ。 吉高の能力すごい! 俺は勢いよくペダルを踏みこんだ。ヒーローになったような気分に、俺はもうなり始めていた。 〈了〉
- かずんど
- 村山 健壱
#第37回どうぞ落選供養 宜しくお願いいたします。 締め切りに気付き、「遺言川柳」を今送信しました。ふー危ない。 ***** 「褒める」 村山健壱(テーマ「すごい」) グラウンドには容赦なく熱が降り注いでいた。俺はグラウンドの子どもたちに声をかけながら、ノックをし続けていた。 「おおっ、いいねえ。今の捕球動作はばっちりだ」 「ナイスキャッチ! そのままバックホーム!」 叱るより褒める。少年野球の現場に限らず、子どもに対する指導は今、それが主流だ。子どもの頃、そのように教えられてはいなかった世代の俺たちがこれを続けるのは正直なところ難しい。しかし少子化もあって地域の野球クラブには人が集まらない。このクラブも息子が加入して、ようやく試合に登録できる二十人に達するような状態だった。当然練習に関わる大人も減っていた。高校で野球を諦め、息子とキャッチボールくらいしかしていなかった俺でもコーチとしての需要があった。 俺がクラブの練習や試合に関わるようになった頃、監督の守原さんが今の指導方法を取り入れた。クラブには子どもの教育という面もあり、生活態度などについては叱ることもある。が、野球に関することでは絶対に叱らない。手探りでなんとか続けて来た甲斐があって、所属する子どもの数は二十五人に増えていた。 日々反省しながら子どもたちとの練習を行っていた。まだ午前中なのに汗だくだった。この日は仕事が休みで、妻を家に残し息子と二人で練習に参加した。妻は笑顔でそんな俺たちを見送ってくれていた。 俺は、三遊間をめがけてバットを振った。そのバットが飛ばしたボールは内野で落下し、そのまま遊撃手で五年生だった蔵本くんの股の間を転がっていった。俺の打った球の勢いが多少強かったかもしれないが、蔵本くんなら問題なくさばける打球だと思った。やはり暑さのせいだろうか。 「おおい、どうしたぁ。捕れる球だぞ」怒気を含まないよう意識して、俺は声をかけた。 「すみません。もう一球お願いします!」 「おしっ、その意気だ」 そう言って俺は球を打つ。さっきより弱く打つようなことはしなかったし、蔵本くんはきちんと球をグラブに収め、きれいに一塁手へと送球した。 「よし、合格」 「ありがとうございます」 守備練習が終わると子どもたちは木陰に集まり、水筒を傾け始めた。大人に許可をもらう必要はもちろんない。その光景だけでも、昔との違いは明らかだった。 練習の終わりが近付き、コーチを担っていない親たちがグラウンドに集まってきた。子どもたちのお迎えだ。近頃の夏は暑過ぎるので、エアコンの効いた車で帰るのも仕方がないのだろうが、自転車を並べ皆で帰った自分の少年時代をむしろ思い出していた。 「ありがとうございました」 「さようなら」 「お疲れさまでした」 大人と子どもの声が混じりあう中、一人の親が守原さんと話していることに気が付いた。あまりしゃべったことはないが、蔵本くんのお母さんだろう。顔の骨格と少し背を曲げた姿勢がそっくりだった。 ノックのことが頭をよぎるが、まさかあれでクレームがつくとは思えなかった。しかも蔵本くんは自分で「もう一球お願いします」と言ったのだ。だが、今の世の中はそんなに甘くない。蔵本親子はドイツ製の白い車でグラウンドを去っていったが、それを見送るが早いか、守原さんが俺を手招きした。 「お疲れ様です。いやあ、蔵本の親、すごいな」 「え、あのノックの件で?」 「うん。結局それなのだけど、この夏でクラブを辞めるっていう話だった」 俺はまさか、と思った。蔵本くんは野球が好きで練習熱心な子だった。 「まあ、あれだよ。お受験。蔵本さんとこ、お父さんは確かいいとこの会社員だろ」 「ああ、確かに」そう言いながらも俺は合点がいかなかった。 「本人はやりたそうだからと思っていたけれど、そうやって人より多く練習させるのならこの機会に、という話だった」 「そんな……。今さっき子供からちょっと話を聞いただけでしょうに」 守原さんも肩を落として話を続けた。 「まあ多分、機会を窺っていたのだろうな。母親としては何か理由をつけたい」 「すみません、僕のせいで」 俺もどうしていいいか分からずに答えた。 「連鎖反応が出ちゃうと、また人数がヤバくなるからね。気を付けていきましょう」 その晩、俺は妻にこの話をした。もちろん息子には聞かれないように気をつかった。 「凄い母親ね。褒め過ぎの弊害という面もあるかもね」 少し間を置いて、妻は真顔で続けた。 「でもね、私もいなくなっちゃうよ。もっと褒めてくれないと」【了】
- 白まんじゅう
前回初めて投稿させて貰いました。「いいね」を下さったみな様ありがとうございます。自分が書いた物にリアクションを戴けたことが初めてで本当に嬉しかったです。この場をかりてお礼を言わせて下さい。 また、お言葉に甘えて落選供養に参加させていただきます。皆さんの作品から勉強させていただけるのも楽しみです。よろしくお願いします。 #第37回どうぞ落選供養 課題:すごい 題名:「すごい」の一言 書き出しの部分です。子どもの頃に海で拾ったシーグラス?や川でひろった不思議な色の石のことを思い出して書きました。何故か理由は説明できませんが石など心に残る残ったことがありましたが、大人になった今はどう感じるのか想像しました。 「殊更暑い日だった。今日僕は河原でとてもキレイな石を拾った。白いもやのかかった緑色に癒やされた。 吸い込まれそうな青色でも、宝石みたいな赤色でも、怖いぐらいに透き通った石でもない。少し濁った乳白色、すべすべした滑らかさもない、気持ちが和らぐような丸さもないゴツゴツした触感。けれど、ほんのわずかだがずしりとした存在感を手の中に残してくれるそんな石。手にかかる重みが石を持っていることを実感させる。 手の中の石は何も言わない。静かに柔らかい色で佇んでいる。美しい石は時として「ほら、こんなにキレイでしょう?」「こんな素敵な石に出会えて幸せでしょ?」と言わんばかりに光を反射してみせる。確かに美しい石の主張も美しい。だが、時に疲れる。こんな暑い日は押し出される美しさにさえ暑苦しさを感じてしまう。」
- karai
月初はつくログが賑わっております。(^^) 1日でこんなに…読むも返信するもひと仕事ですね。まさにうれしい悲鳴。(笑)ではまず、落選供養から。よろしければ合掌してやってください。 #第37回どうぞ落選供養 「湯船から来た男」 そいつは湯船の中から突然現れた。銀色の半液状。そう、かの有名なSF映画の敵役にそっくりな感じ。映画では警官に変身した怖い奴だ。そいつは、のんびりした気分で湯船につかっていた僕の両足の間から、ニョロっとでも形容するしかない感じで現れ、たちまち人間の顔になった。どこかで見たことがある間抜け面だと思ったら、それはまるっきり僕の顔だった。 そいつが悠々と湯船から出て洗い場で仁王立ちするまで、僕はただ茫然と見ていた。 「風間健くん、こんばんは。驚かせて済まない」そいつは意外にも何の敵意も感じさせない親しみある声で、挨拶をした。僕にそっくりなのは顔だけで、声は全然違うと思ったが、よくよく考えたら、それは子供の頃、親が撮った動画の中で何度か聞いたことのある、僕の声だった。 「どなたですか?」間抜けな問いかけをした僕のうわずった声が、風呂場に響いた。 「私はT100。君がさっき思い浮かべたSF映画に敬意を表して名付けられた、液状型アンドロイドだ。これから君が要領悪く投げかける質問にいちいち答えていたのでは、時間が無駄になりそうだから、私から手短に説明しよう。面倒なので、一度で理解して欲しい。それから、そのままではきっとのぼせるから、君は洗い場に、私が湯船に入ろう。そう、場所の交代だ。これでいい。では始める」そいつは僕を洗い場に追いやり、自分は湯船の中に気持ちよさそうにつかると、続きを話し始めた。 「私は、遥か未来から来た。未来から来たアンドロイドなら高熱を帯びているか、もしくは、机の引き出しから出てくるはずだと、今、君は思ったね。それは思い込みだ。それに、私は猫型じゃない。君の子孫が、今の君のために送り込んだものでもないから、君を助けるための道具も貸さない。私の目的は観光だ。今、21世紀の日本がブームなのだ。私をこの時代のこの場所に送り込んだ主人は、私がここで体験することを、まるで自分が時間旅行をして体験したように感じることが出来る。残念ながら、私の時代の科学力をもってしても、人間がわが身で時間旅行をすることは出来ない。生身の身体では、時空間のゆがみに耐えられないからね。私が、湯船から出て来たことに他意はないが、ある理由で、私の主人がこの家を選んだのだ。そこはあまり深く考えないように。私は今から観光旅行に出かける。一週間くらいでここに戻る。その間、君は、いつも通りの生活を続けるように。そして、私のことは絶対に口外しないように。いいね、命に関わるよ。私は、出来れば君を傷つけたりしたくない。ああ、それから、一つだけお願いだ。君の服から靴まで、一揃い貸して欲しい。断るわけはないよね。だって、裸の君が外をうろつくと、困るのは君だからね。話は以上だ。質問は受け付けない」 全く手短に、すらすらと必要な話を終えると、そいつは湯船から出た。僕はそいつに追い出されるように風呂場を出て、言われたとおりに一揃いの服と、履き古したスニーカーをそいつに貸した。 「ありがとう。では、また」そいつはそう言い残すと、僕の部屋を出ていった。服と靴と言ったくせに、ソファの上に置きっぱなしにしていたデイバックも勝手に持って行った。 そいつが部屋を出ていってから、ようやく僕は身体が震えてきた。自分でも嫌になる程、反応の遅い頭と身体だ。どうしよう? 警察に言うか? 何て? 「銀色のアンドロイドが湯船から現れて、僕の服と靴とデイバックを持って行きました。観光旅行に行くから、一週間後には戻ってくると言って部屋を出ていきました。僕とそっくりに変身したアンドロイドです」これを警察に信じてもらえるほどには、僕の社会的地位は高くないし、財産もない。運よく応対した警官が優しければ、多少は憐れんで、どこかいい病院を紹介してくれるかも知れない。だめだ。言えない。それに、「口外すれば、命に関わる」みたいなことをあいつは言ったじゃないか。それは殺すという意味だ。相手は未来から来たアンドロイドだ。絶対逃げられない。流し台の下に液体窒素の買い置きなどあるわけないし、近所に溶鉱炉などもない。ならば、どうする? 「君は、いつも通りの生活を続けるように」そうだ、あいつの言うとおりにしよう。それがいい。誰にも言わず、いつも通りに過ごしていれば、きっとあいつは機嫌よく未来に帰るはずだ。帰る時に、ちょっと風呂場を貸してやればいい。それだけだ。それにしても、未来の科学文明はすごい。SF映画がそのまま実現しているなんて。 一週間後、そいつは約束通りに僕の部屋に現れた。僕は慌てて湯を張った。 「ありがとう。楽しかったよ。では未来に帰る」そいつは服を脱いで裸になると、さっさと風呂場に入った。僕はようやく安心した。 「未来はほんとにすごいな。君みたいなのが現れるなんて」 率直に驚きを伝えた僕にそいつは、湯船の中に消える直前、手短に答えた。 「すごいのは君だ。過去に来る時に一番注意しなければいけないのは、過去を変えて未来に悪影響が出てしまうことだ。特に過去に到着した瞬間が一番危ない。万一その空間に人間がいたら、その人間を殺してしまう。だから、運悪く当たって死んでしまっても、未来になんの影響も与えない人間の家を出口に選ぶのだ。でも、そんな条件に合致する人間は滅多にいない。だから、すごいのは君だ」
- はそやm
第37回「すごい」落選供養をさせていただきます。 第35回でご指摘いただいた「終盤で初出の人物を登場させてはならない。」を 思い切り使ってしまいました。 第35回の特別企画に応募したおかげで気づくことができました。 爽やかに納得しながら落選供養ができるという体験はそうないと思います。 本当にありがとうございました。 今月も頑張ってチャレンジします! #第37回どうぞ落選供養 「平和のために」 すごいと思うのは努力を知らず結果だけを見ているからだ、思わず出た本音に周囲は目を丸くした。 「あーそうかもねー」 目が泳いでいる。いっそ怒り出された方が気持ちは軽くなるのに、下手に気のいい人達ばかりなので肯定できる部分を一生懸命に探している。 「安易にほめ過ぎたかも」 「そうだよね、努力の過程も大事だよね」 「でもさ、それって人知れず努力してるってことでしょ?」 「誰も見ていないのにだよ?」 「え?それってやっぱすご……」 ここまで言いかけて一斉に私を見る。今のはアウトかセーフかを探っているのだ。あーこの気遣いが嫌なのに!もっと罵倒してよ!八つ当たりしてもいいくらい責めたててよ!私は今、誰にぶつけていいかわからない怒りをあなた達にぶつけたいのよ!傷つけて傷つけて、 「なにあの女?」 「馬鹿じゃん?プークスクス」 と思われたいの。お願いだから私から理不尽な怒りを引き出してよ! そのうちひとりが手に持っていたスマホをポチポチし始めた。はっとした仲間も打ち始める。あ!面と向かってはいえない暴言をSNSで拡散しようってわけね!上等じゃない。私、あなた達の裏垢を知っているのよ。いますぐ覗いてやるから。私はすぐに彼女達の裏垢を開く。えっ……。 「すごいという表現は禁止です」 「彼女は傷ついてます」 「今はそっと見守りましょう」 「プラスもマイナスも発言はダメです」 「今は沈黙だけが彼女を癒す術です」 お前ら全員聖女か? あまりに優しい世界に発狂しかかる。それなら私が今から過激発言を書き込んで自ら炎上してやると打ち込もうとした瞬間、スッとスマホの画面が手でふさがれた。 「もうやめましょう」 「あなたは十分頑張ったわ」 「これまでの尊い努力もみんな知っている」 「今は休むべき時なのよ」 優しい笑顔に取り囲まれ流れるような動作でスマホを取り上げられる。怒鳴られもしない叱られもしない説教もない、それなのに私は彼女達に逆らうことができなかった。 「さあ、こちらで休みましょう」 「はい」 誹謗中傷を許さない世界が当たり前となり、恫喝や罵詈雑言が消え平和な世の中になった。人々は心安らかに生活できると優しい世界を喜んで受け入れたはずなのに「炎上したい人々」がなぜか一定数出現する。 荒れ狂う人々の心を落ち着かせるため、 さすがです 知らなかったです すごいです センスいいですね そうなんですか から連想される誉め言葉を駆使する「さしすせそレンジャー」を育成し、炎上希望者の心の火を消し続けた。それらは一定の効果を表したのだがなぜか「すごい」の時だけ異様に反応するケースが出てきた。すごいと言われると 「なにがすごいのか」 「どこを見てすごいと言っているのか」 とレンジャー達に噛みつくらしい。 そこで「すごい」に過敏な反応をする場合の対策が練られたのが、冒頭のパターンだ。癒すべき対象者をとことん優しさで包む。SNSで取り返しのつかない発言をする前に優しさに包んで本人にはわからない状態で隔離する。隔離中は徹底的に優しく徹し、自分がなぜ荒ぶっていたのかをわからなくさせれば矯正は終了。さあ、今日も荒ぶる魂を撲滅する平和活動を行わなければ。 「意味がわからない」 「だから怒りはよくないということを」 「そうね、怒りはよくないかもね」 「でしょ、だから」 「怒りはないけど約束は守るべき」 ここはとある高校の職員室。二学期が始まり一週間が過ぎようとしている。各教科の夏休みの課題の提出期限は全て過ぎ去ったが、数名の未提出者が呼び出されているのだ。たいていは最初不貞腐れた態度を取るが根負けをして提出の約束をして下校となる。しかし、約一名だけがなぜか演説を始めてしまった。 「なんのはなしですか?」 「世界平和についての話です」 「ちょっと先生には意味がわからない」 「だから、私の宿題に取り組むまでの努力を見て欲しいと」 「でもできていないんですよね」 「世界平和について研究していたので」 「宿題忘れでここまで語るあなたを心の底からすごいと思います」 そう言われ喜びの表情となる生徒に、でもそれと宿題未提出は関係ありませんと教師は言う。 「世界平和の前に私個人の平和を守るため宿題は提出してください」 もう言い逃れはできないと思ったのだろう。とうとう生徒は宿題提出を約束し、職員室を去った。 「いやあ、あの生徒の屁理屈すごかったですね」 と声をかけれた担当教諭は、長時間に渡り生徒の妄想を聞き宿題提出を取り付けた自分が一番すごいのに、と思ったが職員室の平和のため、 「そうですね」 と笑顔で答えた。
- みぞれ
#第37回どうぞ落選供養 言い訳させて下さい、私の倫理観が狂っているのではなく、モデルにした人物の倫理観が狂っているんです😇 ✨✨題名:候補✨✨ 「健司、ハッピーバースデー!」 健司のマンションの部屋のインターフォンを鳴らし、叫んだ。 健司の誕生日を祝うように、星々が空を覆い尽くしていた。今は、深夜零時。健司の誕生日を対面で最初に祝う人物になりたかった。 健司は、なかなか部屋から出て来なかった。突然、深夜に訪問したのだから、当たり前か。でも、私は健司を愛しているのだから、当然の行為だ。 ドアが開いた。健司は、ガウンを着ていた。何故か、健司の顔には、焦燥が浮かんでいた。 「優子、ありがとう。でも、深夜の突然の訪問は、勘弁してくれ。俺は寝ていたんだ」 「だって、健司の誕生日だもの。私が最初にお祝いしたかったの……待って、首筋の痣はどうしたの?」 健司は、顔色を変えて、首筋を隠そうとした。私は、健司が着ているガウンをはだけさせた。赤い跡が点々としていた。 無言で部屋に踏み込んだ。背後で健司が騒いだが、無視した。私たちの愛の巣のベッドを見て、体が硬直した。生まれた姿のままの女が、ベッドに腰掛けていた。 「健司、誰が来ていたの?」 「貴女、誰なの? 健司の彼女は、私よ」 「貴女こそ、誰なの? 健司は私のものよ」 「美鈴、違うんだ。優子は、ただの友達だ」 駆け込んで来た健司の言葉が、刃となって私の胸に突き刺さった。 私たちが共に過ごした時間は、何だったの? 私のほうが、この女より魅力的よ。 「健司、説明してよ」 振り返ると、健司を睨み付けた。私の大好きだった顔を醜く歪めて、健司は、口を開け閉めするばかりだった。 「健司、お誕生日おめでとう! ドアが開いていたから、入ったよ……この女たちは、誰なの?」 「健司、貴方の誕生日を祝いに来たのに、何で、こんなに女が集まっているの?」 ドアから、大量の女たちが侵入して来た。気付けば、部屋の中には、十人の女が集っていた。健司は、髪を掻き回すと、絶叫した。 「お前らは、全員、俺の彼女候補なんだよ! 俺と付き合っている彼女は、誰もいない!」 部屋を静寂が支配した。次の瞬間、女たちの罵詈雑言が、健司を襲った。 「私を運命の相手だって、言っていたでしょ」 「世界が崩壊しても、私を離さないって、言ったのは、嘘だったの?」 「健司、許さないから」 いつの間にか、美鈴と呼ばれていた裸の女が、包丁を握り締めていた。私が健司のために、料理を作った時、使用した包丁だった。 「その包丁を汚い手から放して! 健司と私の愛の証よ!」 美鈴に向かって叫ぶと、美鈴は高笑いした。 「健司、覚悟して!」 「美鈴、止めろ!」 美鈴が、健司に向かって、包丁を振り下ろそうとした。健司は、床に這いつくばり、包丁から逃れようとした。情けない健司の姿に、健司への愛が、崩壊していった。 「美鈴、何で、裸なんだ! その男は誰だ!」 一人の男が、息を荒げて、部屋にやって来た。男を振り返った美鈴の動きが止まった。美鈴の顔が、青ざめていった。 「達也、何で、ここに居るの! 私のスマートフォンに小細工したのね!」 「最近、美鈴の行動がおかしかったから、スマートフォンに、追跡アプリを入れておいたんだ! 今の状況を説明しろ!」 「何で、お前が男の部屋に居るんだ!」 「僕との愛を裏切っていたんだな!」 息せき切った男たちが、部屋に詰め掛けた。十人の女と十五人の男が占拠した部屋は、すし詰め状態になった。目の前の光景は、現実のものとは思えなかった。 「すごい光景ね」 浮気した男を、女たちが取り囲み、浮気した女たちを、男たちが問い詰めている。殺傷沙汰になるのは、時間の問題だ。今日の朝のニュースに登場する人物には、なりたくない。 「健司、さようなら。クソ男だったけど、貴方との時間は、忘れられない」 部屋のドアの外に出た。ドアを出ると、野次馬たちが集まっていた。健司の部屋の近くに住んでいるだろう、野次馬たちは、怒鳴り声と悲鳴に満ちた部屋を覗き込んでいた。 野次馬たち視線が、私に集中した。体を刺す視線を無視し、マンションを後にした。 健司との別れを決意しても、じんじんと心は痛んでいた。マンションを出ると、傷心を慰めてもらいたくて、誰かに電話をしようとした。電話帳に並んだ「彼氏候補A」「彼氏候補B」「彼氏候補C」の文字を眺めた。「彼氏候補C」の電話番号を押した。 「優子、先刻、家を出て行ったばかりなのに、どうしたの?」 優しい低音の声に、心が癒されていった。年収は低いが、「彼氏候補C」は、最も思いやりがある。「彼氏候補C」は、何処か物足りなく感じ、彼氏にはしなかった。健司と別れた今、「彼氏候補C」を彼氏にしよう。 「今から、家に戻っても良い? 喧嘩したのは、私の本意じゃないのよ」 「家に戻る必要はないよ。すぐ傍に居るから」 「彼氏候補C」の声が、背後から聞こえた。背筋が凍っていった。 振り返ると、平均的な容姿の「彼氏候補C」が、ゆっくりと私に近付いて来た。「彼氏候補C」は、顔を強張らせていた。 「突然、部屋を出て行ったから、後を追い掛けたんだ。浮気していたんだね」 「待って、健司は友達に過ぎないの。愛しているのは、貴方だけよ」 「皆、そう思っていたよ」 「彼氏候補C」の背後から、「彼氏候補A」と「彼氏候補B」が現れた。二人が握っている包丁を見て、汗が全身から噴き出した。 私は、今日の朝のニュースに載る事態を避けられないようだ。「彼氏候補B」が振りかざした包丁を前に、悲鳴を上げた。(了)
- 陽心
お言葉に甘えさせて頂いて #第37回どうぞ落選供養 先日のパリ五輪と今を震撼させる事件に題材を得ました完璧な駄作を供養させて頂きます。 ✨✨ 課題:すごい 題名:やべえ ✨✨ 一人暮らしの老婆が押入り強盗被害にあって、意識不明の重体で救急搬送された。 「夏休みでおばあちゃんの家に遊びに来て、川へ釣りに出かけていたんだ。スルメで釣ったザリガニを餌に鯉を釣っていたんだよ」第一発見者の中学生の孫は充血した目を擦り、赤くなった鼻を膨らませて興奮気味に話す。 「君のアリバイを訊いてるんじゃなくて、倒れているおばあちゃんを見つけたときのことを話して欲しいんだ」初老と若手の刑事二人が事情聴取を行っているのだが、なかなか要領を得ない。 「やべえ」 「えっ! なんだって?」 「今の声はこのオウムです。スケボー解説者の口癖をマネしているんだそうです」鳥籠がテレビの近くにぶら下がっているため、繰り返される言葉を覚えてしまうのだそうだ。他の競技で「すごい」という賞賛のどよめきが上がっても「やべえ」と言う。 オウムのお陰で場が和んだせいで落ち着きを取り戻した少年の証言から、発見時の大まかな状況が把握できた。祖母が倒れているのを見つけたときには、既に加害者は立ち去ったあとだったようだ。老婆は鈍器のような物で頭部を殴られた痕跡があり、抵抗する間もなかったようで着衣の乱れはなかった。家には物色された跡があり、物取りの犯行とみられる。詳細なことは家の中を今這いずり回っている鑑識の報告待ちとなる。近所の家々は離れており、異常な声や物音を直接聞いた周辺住民は見つからなかった。 「やべえ」 「分かった、分かったよ」オウムが時折繰り返す言葉にうんざりだった。 担当医に直接病状を訊いた。病院へ向かうパトカーに少年を同乗させて、既に駆けつけていた両親の元に送り届けたあとのことだ。老婆は相変わらず眠ったままだった。 「家の前に駐車していたんですね」 「はい、白のライトバンです」 事件当時、被害者宅前を通りかかった運送業者のドライブレコーダより、不審車のナンバープレートから隣接する県で営業するレンタカー店が割り出された。 車を借りた見張役兼運搬役の中村守。宅配を装いインターフォンで呼び出しを行った一之瀬幹夫。隙をみてハンマーを振るった一之瀬は、相方の矢部光一の名を連呼して部屋の中を物色して回ったのだそうだ。矢部、やべえ、そういうことだったのか。 「主犯の指示役は犯行時刻にスマホのラインで逐一指示を出しており、実行犯三名は闇サイトで集められ、犯行当日に初顔合わせだったそうです。実はもう一名加わる筈だったのが、当日都合で参加できなかったようです」捜査会議にての報告だった。 「やべえ」 「だから、分かったって」 オウムは入院患者が意識を取り戻すきっかけになるかもしれないと病室で飼うことになったのだが、飼い主はとうとう帰らぬ人となった。そして巡り巡って刑事部屋に引き取ることになった。 「山さんも人が良いというか物好きなんだから」大先輩の山本警部補をおちょくる中村巡査長。二人は強盗事件ではバディを組んでいた。オウムを病室で飼う際は医院長の特別許可が必要だったが、警察署内で飼うのはもっと難関だったはずだ。 「しょうがねえだろ。今の家じゃ、ペット飼えねえから預かってくれって涙目で頼まれちゃったし。たらい回しにされるのは他人事とは思えねえからな」 「しかし、先輩、よく署長の許可をもらえましたね」 「公私共にいろいろ貸しがあってね。まあ、その話は追い追いな。ルビーと名乗る指示役はどこに隠れていやがるんだ」 「捜査線上に姿を全く見せないのは海外潜伏という線が濃厚なようです」 「俺のパスポート切れちゃってるかな」 「犯人引渡しの際には先輩が渡航するんですか」 「そういう可能性もあるだろよ」 「では、自分もお供します」 「連れてけ」 「あれ? こいつ、初めて違う言葉をしゃべった」 「洞窟捜査にカナリヤが役に立つとか言うけど、海外捜査にオウムが役立つかいな?」 犯行に加わるはずだったという男が判明した。長谷川隆。ヤサを見つけて署まで任意同行した。 「おまえが闇サイトで知り合った、中村、一之瀬、矢部を誘ったそうじゃないか」聴取にあたるのは山本警部補。中村巡査長は書記を務めた。 「みんな、お金に困っているようだったからさ」 「なんで犯行当日、加わらなかったんだ?」 「食あたりでトイレから離れられなかったの!」 「やべえ」 「なんで、ここにオウムがいるんだよ」 「気にすんな。遺族だよ」 「ちぇっ。任意の取り調べなんだから、今日中に帰してくれよな」 「連れてけ、ルビー」 「うるせえよ、このオウム」 「おまえ、いま動揺しただろ。図星だな。連絡手段はラインだったよな。スマホ見せてくれないか」 「いやだよ。個人情報だぜ」 長谷川はラインアドレスを複数所持していた。一つは勧誘役、もう一つは指示役ルビーだった。 「なんでルビーなんて言葉を知ってたんですかね。さては山さんが教え込みましたね」 「仇うった、このオウムはすごいよ。そういえば、オウムの名前をまだ訊いてなかったな」 「やべえ」 (了)
- 小説でもどうぞ【公式】
第37回の結果発表が出たということは、今回もやります!! ✨✨✨✨✨✨ #第37回どうぞ落選供養 ✨✨✨✨✨✨ 面白い作品ばかりだったという今回。 あなたの落選しちゃったその作品も、面白かったんじゃないですか? 落選したからと言ってその作品に価値がないわけではありません! 「第37回小説でもどうぞ」にご応募いただいた作品 ・今回こだわった部分や、思い入れのある一文 などを、こちらのハッシュタグをつけて投稿してください! みなさまの大切な創作にかける思いを共有しあえたらと思っています。 今回参加されなかった方も、今後の創作活動に向けて意見交換や刺激をもらえる場としてぜひご活用ください。 「小説でもどうぞ」をいっしょに盛り上げていきましょう💁♂️ #小説でもどうぞ