パロディ その2


パロディなのかオマージュなのか
江戸川乱歩賞の受賞作に、またまた、ややこしい作品が応募され、こちらは、パロディではなく、オマージュとされて、グランプリを射止めた。
第58回の受賞作『カラマーゾフの妹』である。


『探偵の夏』の岩崎正吾との最大の違いは、岩崎正吾がまるっきりの新人だったのに対し、受賞者の高野史緒は、過去にビッグ・タイトル新人賞候補(『ムジカ・マキーナ』で日本ファンタジーノベル大賞候補となり、デビュー)の経歴を持つプロ作家だったからである。

「プロ作家なら、パロディとオマージュの相違は、十二分に承知しているはずだ。パロディを応募してくるはずがない」という性善説に基づいた意識が選考委員の中で全く働かなかったといえば、嘘になるだろう。
パロディなのかオマージュなのか、境界線の曖昧な作品を最初に書き始めたプロ作家は、江戸川乱歩だろう。
江戸川乱歩の『緑衣の鬼』は、イーデン・フィルポッツの『赤毛のレドメイン家』のパロディなのかオマージュなのか。


これは、どっちとも解釈できる。新人賞応募作ではないから、誰も問題提議など、しない。
出版社にしてみれば、売れさえすればパロディなのかオマージュなのか、どっちでも良いし、読者にしてみれば読んで面白ければ、パロディなのかオマージュなのか、どっちでも良い。
私も含め、承知の上で両作品を読んだ読者も、多いに違いない。
それ以前の酷似した作品群は、圧倒的にオマージュである。
江戸時代の著作権
江戸時代ともなると(もちろん、それ以前の時代も)著作権の概念など存在しないし(ごく一部に、著作権侵害が江戸町奉行所の民事訴訟の対象となった事例が存在するが)、先行作品に酷似する作品を描く行為は、その作品に対するオマージュである。
例えば、俵屋宗達の『風神雷神図』。

これを模倣した尾形光琳の『風神雷神図』。

更に、それを模倣した酒井抱一の『風神雷神図』。

現代人から見れば後の2作品は、俵屋宗達の『風神雷神図』の盗作である。
特に酒井抱一は、姫路15万石の酒井家の次男坊で、かなりの贅沢を許されていた。
実兄の殿様に万が一の事態が起きた場合に備えて(江戸時代には、跡継ぎがない状況で殿様が急死した場合には御家断絶、よほどの名家でも、例えば上杉謙信以来の名家の上杉家でさえ石高を半減にされ、出羽米沢に転封させられた)何度も実兄の養子になっている。
酒井抱一の作品は非常な評判となり、姫路酒井家では、幕閣への賄賂として現金の代わりに、何度も酒井抱一の描いた絵を送っている。
酒井抱一にかなりの贅沢を許したと言っても、大大名の姫路酒井家にしてみれば、微々たる出費でしかない。それよりは、幕閣への賄賂の出費を抑えられることのほうが、よほどありがたいのである。
しかし、尾形光琳の『風神雷神図』と酒井抱一の『風神雷神図』は明らかに模倣であるから、現代の日本政府の文部科学省としては、差を付けないわけには、いかない。
そこで俵屋宗達の『風神雷神図』は国宝、尾形光琳の『風神雷神図』は重要文化財という処遇になった。
これが奈良平安時代の作品となると、どちらかが他方の模倣である。が、しかし、どちらが先行作品なのかは断定不可能なので、どちらも国宝となっている。
「半跏思惟像」として有名な中宮寺の『木造菩薩半跏像』と広隆寺の『宝冠弥勒』は、そうだと言えそうである。
ぜひとも『風神雷神図』と『半跏思惟像』を見比べていただきたい。
プロフィール
若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。