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新潮ミステリー大賞

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作文・エッセイ
作家デビュー

一次選考は減点法

今回は、新潮ミステリー大賞について論じる。

正直に言って、新潮ミステリー大賞は全く授賞傾向が掴めない新人賞である。他のミステリー系新人賞(横溝正史ミステリ&ホラー大賞、江戸川乱歩賞、鮎川哲也賞、日本ミステリー文学大賞新人賞、福山ミステリー文学賞など)は「こういうタイプの作品を応募すれば予選突破して上位に残れる可能性が高い」といったことが長年の経験から分かっている。

ところが、新潮ミステリー大賞は(他にはアガサ・クリスティー賞)そういう重要ポイントが、さっぱり分からない。

私はインターネットを使っての通信添削講座を開講しており、世界中に生徒がいる(アフリカ、中南米、東欧を除く)から、集まってくる作品も多い。

で、新潮ミステリー大賞の締切にタイミング的に合う作品を、落選覚悟で(目的がデータ収集なので、申し訳ないが)新潮ミステリー大賞に応募させる。

そうすると、他の新人賞なら「これは予選落ち、これは一次選考は突破できるが、グランプリまでは無理」といった読みをして、ほとんど外れることはないのだが、新潮ミステリー大賞は狂いに狂う。

予選落ちと見た応募作が上位に残り、予選突破確実と見た応募作が一次選考落ち、といった結果に何度も遭遇している。いよいよ分からない。

現時点で言えるのは「ミステリーらしい作品は一次選考で落とされ、ミステリーらしからぬ作品に限って授賞される」という天邪鬼のようなことだけである。

最近の新人賞の選考方法は「応募作の良いところを見る」ではない(以前は、そうだった)。それだと、応募作品数が増えて、定められた期限内に選考を終えられない。

で、減点法に変わった。目に付く欠点ごとに一定点数を減点していき、その減点が規定に達したら予選落ちにする、という選考方法になっている。

そういう観点で見ると、新潮ミステリー大賞の受賞作は減点される要素が少ない作品に授賞されている。ミステリー的であるか否かは、まるで関係がない。

第3回受賞作『夏をなくした少年たち』

で、第3回受賞作の『夏をなくした少年たち』(生馬直樹)について分析を試みた。

「再会は遺体安置所だった(中略)彼は男の顔を見下ろして、変わってないな」で始まる。この「彼」が主人公で、警視庁管内の杉並警察署の刑事の、梨木拓海である。

この物語は2部構成で、このプロローグから一気に過去に飛び、第1部は梨木の小学生時代の物語。エンターテインメントでは回想を可能な限り避け、エピソードを出来事の順番通りに並べるのが鉄則。

その鉄則に反しているので、この時系列崩しの構成は減点材料だが、もう1つ「エンターテインメントの冒頭は、インパクトのあるシーンでなければならない」という鉄則もある。

時系列を遵守して、小学生時代の物語から始めると、全くインパクトがないので、この構成は致し方ない。

減点材料ではあるが、これだけで予選落ちになるほど大きな瑕疵ではない。

で、小学生時代の物語は、いじめっ子、不良がかった子たちの集団の物語で、まずまず上手い(あくまでも、「まずまず」であって「これは素晴らしい!」と褒められるほど出色でもない。

減点材料は少ないが、大した加点材料も見当たらない構成で第1部が進む。

で、第1部の最後で、子供たちの1人の三田村国実の4歳になる妹の智里が、子供たちの登山にくっついてきて、グズるものだから山中に置き去りにされ、殺される、という殺人事件が起きる。

まあ、ここでミステリーになったと言えば言えないこともないのだが、ちょっと勘が鋭い人間なら「こいつが犯人だろう」と見当がつく。

その読みが外れたらミステリーとしての出来が良いことになるのだが、そのとおりの展開になるのだから全くいただけない。

ミステリーとしては最低の評価を下さざるを得ないのだが、作中の警察がすぐに犯人に到達しないのも、全くいただけない。

警察を馬鹿・間抜けに設定して名探偵役の人間(この物語では刑事の梨木だが)を知恵者のように見せる手法は駄目である。それなのにグランプリに選出されたのが、全く理解に苦しむ。

また、物語の中心を貫いているテーマが、家庭内DVとイジメである。読んでいて不愉快になる。読後感が、すこぶる悪い。私の生徒が、こんな作品を書いたら「こんな不愉快な話を書いたら駄目だ」と即座に却下する。

私は「生馬作品は読まない」と決めたが、そう思った読者も多いに違いない。生馬が新潮社から出した受賞第一作は、アマゾンのレビューはボロクソである。

生馬が自作の致命的な欠点に気づかない限り遠からず読者に見放されて文壇から消えるだろう。2016年の受賞なのに出版された作品数がたった3作しかない時点で、既に徴候は見えている。

次回は、引き続いて第5回の受賞作の『名もなき星の哀歌』(結城真一郎)を取り上げる(第4回は「該当作なし」なので)。

プロフィール

若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

 

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