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日本ファンタジーノベル大賞 その2

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

現在、私にはプロ作家志望の生徒が二百五十名ばかりいて、できるだけ第一作から新人賞に応募するように指導しているのだが、予選を首尾良く通過する者、残念ながら予選で敗退する者の差から、ある程度まで、最近の新人賞の選考傾向が見えてきている。


それは〝泣かせる話〟ほど予選を通過しやすい、ということである。笑いにポイントを置いた作品よりも、泣かせることにポイントを置いた作品のほうが、予選突破しやすい。


起承転結がまとまっていてオチも決まっているが、笑いにウェートがある作品と、起承転結にもオチにも若干の難があるが、泣きにウェートがある作品では、後者のほうが予選を突破しやすい。出来不出来で言うなら、泣きにウェートがある六十点の作品は、笑いにウェートがある七十点の作品よりも予選を通過する可能性が高い、という傾向が見られる。


ここで前回に引き続き、四月末が締切の日本ファンタジーノベル大賞について、触れることにする。第二十二回の大賞受賞作『前夜の航跡』(紫野貴李)は、アイディア的にはホラー・ファンタジーの王道を行く要素の寄せ集めで、新奇のアイディアがない欠点があるが、その欠点を豊富な蘊蓄と〝泣き〟の要素で充分にカバーして、それが大賞に手が届いた最大理由だと、前回に書いた。


新奇のアイディアという点では、優秀賞にとどまった『月のさなぎ』(石野晶)のほうが上回っていた。しかし『月のさなぎ』は、いかにも作り物めいていて〝泣き〟の要素という点で見ると『前夜の航跡』とは格段に大きな開きがあった。


ここで、第二十一回の受賞作『月桃夜』(遠田潤子)を取り上げてみると、『前夜の航跡』と、かなりの部分で共通性が見受けられる。『月桃夜』にも、さほど新奇のアイディアは見受けられない。使われたのは、一種の輪廻転生思想で、主人公フィエクサ(奄美の言葉で〝鷲〟の意味)が、名前どおり鷲に転生するというアイディアだが、これだけなら、別にどうということはない。いくらでも既存作が存在する。「海のはなし」で現代の海で遭難した茉莉香と、フィエクサが転生した鷲の交流が描かれ、「島のはなし」で、フィエクサが実際に少年として生きていた過去の時代が描かれるという、時系列が過去と現在を行き交って物語が進む手法も、月並みの〝誰でも思いつく話〟の域を一歩も出ていない。


しかし、そんな明らかな欠点を補って余りあるのが、物語世界で描かれている、フィエクサたち奴隷の悲惨な生活である。江戸時代に、島津家の支配する薩摩藩が奄美諸島および琉球諸島を武力制圧し、植民地として、原住民(おそらくは琉球民族)に対し、凄まじいまでの圧政を敷いた。朝鮮併合から太平洋戦争終結までの日本による朝鮮民族弾圧と搾取は、今でも頻繁に韓国・北朝鮮から謝罪と贖罪を要求されることで誰でも知っているだろうが、それ以上の弾圧と搾取が琉球民族に対して行なわれた。


「島のはなし」の主人公は、奴隷の子として生まれる。奴隷の子は、生涯ずっと奴隷である。薩摩藩への年貢(砂糖など)が納められなかった者は、代償として奴隷にされるが、吉原遊女などと同じで、年季が明け(未納の年貢の元利支払が完了すること)れば元の自由人の身分を取り戻せるが、奴隷の子として生まれたフィエクサが解放されることは有り得ず、将来に何の希望もない。飢餓によって簡単に死ぬ環境に置かれ、明日もまた生命があることが唯一の希望と言える程度で、あまりに悲惨な境遇は涙なしには読めない。


「日本は単一民族国家だ」とか「日本は単一言語国家だ」とか、史実を全く知らずに偉そうに言う人々は、この『月桃夜』を読んで史実の欠片でも知るべきだろう。日本ミステリー文学大賞新人賞受賞の石川渓月さんの時にも触れたが、物語を僻地にし、登場人物に方言で喋らせることは新人賞受賞のキーポイントの一つだが、奄美諸島以南には、実は、それが難しい。方言は日本語ではないからだ。フィエクサ=鷲のように単語を部分的に使う程度にとどめないと、雰囲気を巧く演出するのを通り越して、煩わしいだけになる危険性が大きい。


それでも『前夜の航跡』と『月桃夜』は「新奇のアイディアが捻り出せない!」と苦しんでいるアマチュアには大いなる光明の指針となるだろう。徹底した取材研究によって、どうやって読者を泣かせる(それも、ほろり、よりは大泣きであるほうが良い)か、その素材を見つけ出すことができれば、ビッグ・タイトルの新人賞への第一歩は見えてくる。


この二作と比べれば『月のさなぎ』は見劣りする。思春期になるまで男女の性別が決まらない特殊な子供たちを入れる全寮制の学校という〝一発アイディア〟に頼っていて、起承転結のメリハリも、オチも決まっていない。選考委員の小谷真理さんが、なぜ絶賛したのか、私には全く理解できない。一発アイディアというのは、そうそう次々に出てくるものではない。よほどの天分を持っていない限り、早々に枯渇する


様々な新人賞の二次選考通過者のリストを見ると、決まって数名は、売れなくなって文壇から消えたプロ作家の名前が散見される。長命のプロ作家になりたければ、目指すべき方向は『前夜の航跡』と『月桃夜』の二作によって明々白々である。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

日本ファンタジーノベル大賞 その2(2011年5月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

現在、私にはプロ作家志望の生徒が二百五十名ばかりいて、できるだけ第一作から新人賞に応募するように指導しているのだが、予選を首尾良く通過する者、残念ながら予選で敗退する者の差から、ある程度まで、最近の新人賞の選考傾向が見えてきている。


それは〝泣かせる話〟ほど予選を通過しやすい、ということである。笑いにポイントを置いた作品よりも、泣かせることにポイントを置いた作品のほうが、予選突破しやすい。


起承転結がまとまっていてオチも決まっているが、笑いにウェートがある作品と、起承転結にもオチにも若干の難があるが、泣きにウェートがある作品では、後者のほうが予選を突破しやすい。出来不出来で言うなら、泣きにウェートがある六十点の作品は、笑いにウェートがある七十点の作品よりも予選を通過する可能性が高い、という傾向が見られる。


ここで前回に引き続き、四月末が締切の日本ファンタジーノベル大賞について、触れることにする。第二十二回の大賞受賞作『前夜の航跡』(紫野貴李)は、アイディア的にはホラー・ファンタジーの王道を行く要素の寄せ集めで、新奇のアイディアがない欠点があるが、その欠点を豊富な蘊蓄と〝泣き〟の要素で充分にカバーして、それが大賞に手が届いた最大理由だと、前回に書いた。


新奇のアイディアという点では、優秀賞にとどまった『月のさなぎ』(石野晶)のほうが上回っていた。しかし『月のさなぎ』は、いかにも作り物めいていて〝泣き〟の要素という点で見ると『前夜の航跡』とは格段に大きな開きがあった。


ここで、第二十一回の受賞作『月桃夜』(遠田潤子)を取り上げてみると、『前夜の航跡』と、かなりの部分で共通性が見受けられる。『月桃夜』にも、さほど新奇のアイディアは見受けられない。使われたのは、一種の輪廻転生思想で、主人公フィエクサ(奄美の言葉で〝鷲〟の意味)が、名前どおり鷲に転生するというアイディアだが、これだけなら、別にどうということはない。いくらでも既存作が存在する。「海のはなし」で現代の海で遭難した茉莉香と、フィエクサが転生した鷲の交流が描かれ、「島のはなし」で、フィエクサが実際に少年として生きていた過去の時代が描かれるという、時系列が過去と現在を行き交って物語が進む手法も、月並みの〝誰でも思いつく話〟の域を一歩も出ていない。


しかし、そんな明らかな欠点を補って余りあるのが、物語世界で描かれている、フィエクサたち奴隷の悲惨な生活である。江戸時代に、島津家の支配する薩摩藩が奄美諸島および琉球諸島を武力制圧し、植民地として、原住民(おそらくは琉球民族)に対し、凄まじいまでの圧政を敷いた。朝鮮併合から太平洋戦争終結までの日本による朝鮮民族弾圧と搾取は、今でも頻繁に韓国・北朝鮮から謝罪と贖罪を要求されることで誰でも知っているだろうが、それ以上の弾圧と搾取が琉球民族に対して行なわれた。


「島のはなし」の主人公は、奴隷の子として生まれる。奴隷の子は、生涯ずっと奴隷である。薩摩藩への年貢(砂糖など)が納められなかった者は、代償として奴隷にされるが、吉原遊女などと同じで、年季が明け(未納の年貢の元利支払が完了すること)れば元の自由人の身分を取り戻せるが、奴隷の子として生まれたフィエクサが解放されることは有り得ず、将来に何の希望もない。飢餓によって簡単に死ぬ環境に置かれ、明日もまた生命があることが唯一の希望と言える程度で、あまりに悲惨な境遇は涙なしには読めない。


「日本は単一民族国家だ」とか「日本は単一言語国家だ」とか、史実を全く知らずに偉そうに言う人々は、この『月桃夜』を読んで史実の欠片でも知るべきだろう。日本ミステリー文学大賞新人賞受賞の石川渓月さんの時にも触れたが、物語を僻地にし、登場人物に方言で喋らせることは新人賞受賞のキーポイントの一つだが、奄美諸島以南には、実は、それが難しい。方言は日本語ではないからだ。フィエクサ=鷲のように単語を部分的に使う程度にとどめないと、雰囲気を巧く演出するのを通り越して、煩わしいだけになる危険性が大きい。


それでも『前夜の航跡』と『月桃夜』は「新奇のアイディアが捻り出せない!」と苦しんでいるアマチュアには大いなる光明の指針となるだろう。徹底した取材研究によって、どうやって読者を泣かせる(それも、ほろり、よりは大泣きであるほうが良い)か、その素材を見つけ出すことができれば、ビッグ・タイトルの新人賞への第一歩は見えてくる。


この二作と比べれば『月のさなぎ』は見劣りする。思春期になるまで男女の性別が決まらない特殊な子供たちを入れる全寮制の学校という〝一発アイディア〟に頼っていて、起承転結のメリハリも、オチも決まっていない。選考委員の小谷真理さんが、なぜ絶賛したのか、私には全く理解できない。一発アイディアというのは、そうそう次々に出てくるものではない。よほどの天分を持っていない限り、早々に枯渇する


様々な新人賞の二次選考通過者のリストを見ると、決まって数名は、売れなくなって文壇から消えたプロ作家の名前が散見される。長命のプロ作家になりたければ、目指すべき方向は『前夜の航跡』と『月桃夜』の二作によって明々白々である。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。