専門蘊蓄は圧倒的少数派であることが必須条件


文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
今回は『このミステリーがすごい!』大賞について、第六回の優秀賞・WEB読者賞を受賞した桂修司『呪眼連鎖』(応募タイトルは『明治二十四年のオウガア』)を中心に論ずることにしたい。
この回は大賞が『禁断のパンダ』で〝隠し玉〟が『林檎と蛇のゲーム』、それ以外で刊行された作品が、第八回の大賞を受賞した中山七里の『魔女は甦る』(幻冬舎)で、最終候補五作の内の四作が陽の目を見ている。「とにかく本を出したい! どうしてもプロ作家になりたい!」というのであれば、かなり確率の良い新人賞と言える。
で、『呪眼連鎖』だが、選評は「候補作の中で唯一、このままでの出版は絶対ムリ」とか「オカルト・サスペンスだが、話の辻褄が全く合ってないし、好意的に解釈しようとしても、著者が何をやりたかったのかさえ分からない」とか「現代パートがぼろぼろで、張った伏線は中途半端だわ、謎の核心は読者に伝わりにくいわ、作者の真意を測りかねる、あやふやな展開に終始」などと、悪口雑言に近い酷評のオンパレード。
その一方で「面白い部分だけ取り出して勝負すれば、今回の候補作で一、二を争う」「明治期のパートは文句なしに素晴らしい。明治期の監獄や囚人による北海道開拓工事を描く筆致は、練達の域に達している」とも評価されて、大幅修正を条件に優秀賞となった。
「本書ほど全面的改稿が施された例は、かつてない。応募段階での原形を留めておらず、出来栄えは別の作品かと見違えるほど。一年以上の修正期間をかけ、全体の設計図を一から引き直し、登場人物を整理して人物造形に深みを持たせ、推敲を重ねてブラッシュアップしている。(中略)もし『呪眼連鎖』が、このまま応募されたら、間違いなく大賞を受賞したことだろう」と茶木則雄氏が解説しているが、私の見たところでは大賞受賞作の『禁断のパンダ』よりも上を行く作品だ。『禁断のパンダ』は以前、当講座でも取り上げたが、前半は実に素晴らしい傑作なのに、後半はガタガタの腰砕け状態の凡作に堕した。
実は『呪眼連鎖』は前回、当講座で取り上げた日本ファンタジーノベル大賞受賞作『月桃夜』と酷似した構成を採っている。現代と過去が交互に描かれる、という手法である。
しかも、現代の部分は平凡で、上手なアマチュアなら誰でも書けるレベル、という点も似通っている。登場人物造形も、ステレオ・タイプの域を一歩も出ていない。
だが、囚人による北海道開拓工事を描いた過去の描写は実に素晴らしい。綿密な取材をした形跡が窺われ、唸らされる。〝事実は小説よりも奇なり〟の言葉どおりで、単なる想像では、ここまで悲惨な生活は、書けるものではない。「この部分を活かして、駄目な部分は徹底改稿」を条件に選考委員が優秀賞を授賞したのは大いに頷ける。
何度も繰り返す注意だが、新人賞受賞のキーポイントは〝選考委員を唸らせること〟に尽きる。それは
①アイディアの新奇性&意外性
②ストーリー展開の波瀾万丈度(ドンデン返しの多さ)
③専門蘊蓄(歴史・芸術・科学など何でもOK)の深さ
の三点に集約される。三点揃っていれば言うことなしだが、二点でも大賞受賞になる事例は、多々ある。
②は相当量を書き込めば、まずまず身に付くが、①は天性のものが大きく左右し、ただ闇雲に書き込んだからといって、身に付くものではない。生涯ずーっと書き続けても遂に修得できずに終わる可能性も、かなり高い。しかし、③は違う。綿密な取材もしくは研究を重ねれば必ず身に付く(大学での研究や職場での仕事上の体験を含む)ものである。
だから、絶対にプロ作家になりたいアマチュアは、③に最重要ポイントを置いて執筆することだ。そういう点で『呪眼連鎖』の過去の部分は大いに参考になる。①と②にウェートを置いて③を蔑ろにするアマチュアがあまりに多いので、敢えて苦言を呈しておく。
ここで注意しなければならないのは、この専門蘊蓄が社会的に見て〝圧倒的少数派〟であることが必須条件だ、という点である。多数派の知識であれば、それは新人賞応募作にも類似作が多数、送られてくることになって「オリジナリティなし」で束にして落とされることになる。多数派とは、例えばオカルト的な知識である。陰陽道、修験道、占星術、北欧神話や印度神話、旧約聖書や黙示録などの神話世界の知識は、「この分野では自分は自信がある」と思っても、そう思っているライバルが、この世にはゴマンといるのだ。
『呪眼連鎖』のオカルト・サスペンスの部分も、別に新奇のアイディアなどは何もない。
極言すれば、従来のオカルト・サスペンスで使い古されたアイディアを単に組み合わせただけと言っても過言ではない。しかし、明治時代の囚人による北海道開拓工事の凄まじさという〝味付け〟をしたことで、見違えるように生きた素材となった。
アイディアの新奇性には今一つ自信がない、という人は、どういう方向を狙えばビッグ・タイトルの新人賞に手が届くか、『呪眼連鎖』『月桃夜』更には『前夜の航跡』などを、分析しつつ読んで研究してみることだ。「読みました。面白かった」で済ませたのでは、プロ作家デビューというゴールには永久に辿り着けないで終わるだろう。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
---|---|
朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
今回は『このミステリーがすごい!』大賞について、第六回の優秀賞・WEB読者賞を受賞した桂修司『呪眼連鎖』(応募タイトルは『明治二十四年のオウガア』)を中心に論ずることにしたい。
この回は大賞が『禁断のパンダ』で〝隠し玉〟が『林檎と蛇のゲーム』、それ以外で刊行された作品が、第八回の大賞を受賞した中山七里の『魔女は甦る』(幻冬舎)で、最終候補五作の内の四作が陽の目を見ている。「とにかく本を出したい! どうしてもプロ作家になりたい!」というのであれば、かなり確率の良い新人賞と言える。
で、『呪眼連鎖』だが、選評は「候補作の中で唯一、このままでの出版は絶対ムリ」とか「オカルト・サスペンスだが、話の辻褄が全く合ってないし、好意的に解釈しようとしても、著者が何をやりたかったのかさえ分からない」とか「現代パートがぼろぼろで、張った伏線は中途半端だわ、謎の核心は読者に伝わりにくいわ、作者の真意を測りかねる、あやふやな展開に終始」などと、悪口雑言に近い酷評のオンパレード。
その一方で「面白い部分だけ取り出して勝負すれば、今回の候補作で一、二を争う」「明治期のパートは文句なしに素晴らしい。明治期の監獄や囚人による北海道開拓工事を描く筆致は、練達の域に達している」とも評価されて、大幅修正を条件に優秀賞となった。
「本書ほど全面的改稿が施された例は、かつてない。応募段階での原形を留めておらず、出来栄えは別の作品かと見違えるほど。一年以上の修正期間をかけ、全体の設計図を一から引き直し、登場人物を整理して人物造形に深みを持たせ、推敲を重ねてブラッシュアップしている。(中略)もし『呪眼連鎖』が、このまま応募されたら、間違いなく大賞を受賞したことだろう」と茶木則雄氏が解説しているが、私の見たところでは大賞受賞作の『禁断のパンダ』よりも上を行く作品だ。『禁断のパンダ』は以前、当講座でも取り上げたが、前半は実に素晴らしい傑作なのに、後半はガタガタの腰砕け状態の凡作に堕した。
実は『呪眼連鎖』は前回、当講座で取り上げた日本ファンタジーノベル大賞受賞作『月桃夜』と酷似した構成を採っている。現代と過去が交互に描かれる、という手法である。
しかも、現代の部分は平凡で、上手なアマチュアなら誰でも書けるレベル、という点も似通っている。登場人物造形も、ステレオ・タイプの域を一歩も出ていない。
だが、囚人による北海道開拓工事を描いた過去の描写は実に素晴らしい。綿密な取材をした形跡が窺われ、唸らされる。〝事実は小説よりも奇なり〟の言葉どおりで、単なる想像では、ここまで悲惨な生活は、書けるものではない。「この部分を活かして、駄目な部分は徹底改稿」を条件に選考委員が優秀賞を授賞したのは大いに頷ける。
何度も繰り返す注意だが、新人賞受賞のキーポイントは〝選考委員を唸らせること〟に尽きる。それは
①アイディアの新奇性&意外性
②ストーリー展開の波瀾万丈度(ドンデン返しの多さ)
③専門蘊蓄(歴史・芸術・科学など何でもOK)の深さ
の三点に集約される。三点揃っていれば言うことなしだが、二点でも大賞受賞になる事例は、多々ある。
②は相当量を書き込めば、まずまず身に付くが、①は天性のものが大きく左右し、ただ闇雲に書き込んだからといって、身に付くものではない。生涯ずーっと書き続けても遂に修得できずに終わる可能性も、かなり高い。しかし、③は違う。綿密な取材もしくは研究を重ねれば必ず身に付く(大学での研究や職場での仕事上の体験を含む)ものである。
だから、絶対にプロ作家になりたいアマチュアは、③に最重要ポイントを置いて執筆することだ。そういう点で『呪眼連鎖』の過去の部分は大いに参考になる。①と②にウェートを置いて③を蔑ろにするアマチュアがあまりに多いので、敢えて苦言を呈しておく。
ここで注意しなければならないのは、この専門蘊蓄が社会的に見て〝圧倒的少数派〟であることが必須条件だ、という点である。多数派の知識であれば、それは新人賞応募作にも類似作が多数、送られてくることになって「オリジナリティなし」で束にして落とされることになる。多数派とは、例えばオカルト的な知識である。陰陽道、修験道、占星術、北欧神話や印度神話、旧約聖書や黙示録などの神話世界の知識は、「この分野では自分は自信がある」と思っても、そう思っているライバルが、この世にはゴマンといるのだ。
『呪眼連鎖』のオカルト・サスペンスの部分も、別に新奇のアイディアなどは何もない。
極言すれば、従来のオカルト・サスペンスで使い古されたアイディアを単に組み合わせただけと言っても過言ではない。しかし、明治時代の囚人による北海道開拓工事の凄まじさという〝味付け〟をしたことで、見違えるように生きた素材となった。
アイディアの新奇性には今一つ自信がない、という人は、どういう方向を狙えばビッグ・タイトルの新人賞に手が届くか、『呪眼連鎖』『月桃夜』更には『前夜の航跡』などを、分析しつつ読んで研究してみることだ。「読みました。面白かった」で済ませたのでは、プロ作家デビューというゴールには永久に辿り着けないで終わるだろう。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
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朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。