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文学賞解体新書『江戸川乱歩賞』

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

江戸川乱歩賞

今回は、江戸川乱歩賞について触れることにする。

はっきり言って、このところ江戸川乱歩賞受賞作のレベルが落ちている。以前ならば二次選考に残るのがせいぜいの作品が受賞しているように見える。受賞作を出さなければ売れないという裏事情は理解できるが、講談社の経営悪化の噂と同時に受賞作のレベル低下が始まったのが、どうにもいただけない。

最終五作品に残れば、かなりの確率で刊行してもらえる『このミステリーがすごい!』大賞に、全体的な質から見て追い越されたように感じる。

通常、駄作の受賞作が出ると「これなら、自分にも書ける」と応募者が殺到して、ほぼ隔年で傑作が出てくるのだが、遠藤武文『プリズン・トリック』(第55回)に横関大の『再会』(第56回)と、はっきり言って駄作が続いた。同時受賞が出るのは“帯に短し、襷に長し”の候補作が顔を揃えた場合に起きる現象なので、『再会』の次の最新の二受賞作も、言うに及ばない。

今回は『再会』について論じるが、「予選委員会から本選考会まで常にトップを走り続けた驚愕の小説」という帯のキャッチ・コピーが真実なら、よほど低レベルの応募作が顔を揃えたのだろう。

冒頭、スーパーで万引きした小学生をネタに、店長が母親を脅迫するくだりなどは、テレビの乱作二時間ミステリードラマをパクった程度の貧弱なアイディア。ラストの部分で明らかになる悪徳警官の二十三年前の犯行にしたところで、目新しさはゼロである。

要するに、最初から最後まで“どっかのミステリーで見たエピソード”のオンパレードで、見るべき点といったら、四人の主人公の動きを、エクセルでも使って緊密に組み合わせた、その正確・精密さぐらいのものだろう。

逆に言えば、全く新奇のアイディアを思いつくことができないアマチュア作家でも、既存作のエピソードを掻き集めてきて、縦横に巧みに組み合わせれば、江戸川乱歩賞のような権威のある新人賞でも射止められる、ということを意味する。そういう意味では『再会』は大いに参考にできる作品と言える。

文章は、下手。それも、ド下手と言いたいくらい、ウンザリした。「返事を返す」などという言い回しが平気で出てくる。こんな“馬から落馬”の言い回しを自覚なしに使っている日本語の不自由さでは、構成を担当した講談社の編集者の日本語力も極めて怪しい。

台詞の後に「そう言った・そう言って」が頻出するのもシラケた。台詞の括弧があれば、言ったことは自明だから、これも“馬から落馬”の範疇に入る。

「そう」もNG。「そう」だけではニュアンスは読者に伝わらない。どんな口調と表情(主人公なら心情)で言ったのかということを描写しなければならないのに、手を抜いているから、主人公のキャラがまったく立っていない。

四人のいずれもがステレオ・タイプだったり、ステレオ・タイプ以前だったり、この程度で良しと思っていたら、せっかくビッグ・タイトルを射止めても、遠からずファンに見放されて、文壇から消える。『再会』はアマゾンの中古で一円の値がついているが、この低価格に下がるまでの期間が、あまりに短すぎる。ビッグ・タイトル受賞が最終目標で、プロ作家として長い生命を文壇で維持することにないのなら、それも構わないだろうが。

主人公の一人の万季子に関して「腕力が弱い」ことが物語の一つのキーになっているが、万季子は剣道をやっていて、かなりの腕前で、その後も、スポーツ・ウーマンとして活躍している設定になっている。となれば、少なくとも腕立て伏せが二百回や三百回は、充分こなせる。そのくらいの腕力がなければ、とうてい活躍などできない。作者も選考委員も、全くスポーツの経験がないのだろうか。唯一、体育会系の今野敏さんだけ『再会』には辛い評価をつけたのだが、当然といえる。

受賞決定後に改稿したはずだが、そのまま刊行されたところを見ると、誰も気づかなかったか、物語の根幹に関わることだから、直しようがなかったのか。腕力がなければ、拳銃を持ち出した相手と揉み合いの末に奪い取ることなど、できるわけがない、という大矛盾に、どうして誰も気づかなかったのか。

しかも、この物語は、犯人が被疑者を殺害した状況からして、逮捕起訴は免れないとしても、執行猶予が付く可能性が大いにある事例である。敏腕弁護士がついたら、正当防衛による無罪あるいは起訴猶予を勝ち取れるかも知れない。それに全く触れずに、かなりの長期間の懲役刑が確実であるかのような書き方をしているのは、不勉強なのか何なのか。

いずれにせよ「今の江戸川乱歩賞は、この程度の作品でも受賞できるのか」と大雑把に読むのではなく、細部まで分析しながら読んでいけば、この『再会』もまた、江戸川乱歩賞狙いの“傾向と対策”の良い教材となることは確かであろう。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

江戸川乱歩賞(2012年2月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

江戸川乱歩賞

今回は、江戸川乱歩賞について触れることにする。

はっきり言って、このところ江戸川乱歩賞受賞作のレベルが落ちている。以前ならば二次選考に残るのがせいぜいの作品が受賞しているように見える。受賞作を出さなければ売れないという裏事情は理解できるが、講談社の経営悪化の噂と同時に受賞作のレベル低下が始まったのが、どうにもいただけない。

最終五作品に残れば、かなりの確率で刊行してもらえる『このミステリーがすごい!』大賞に、全体的な質から見て追い越されたように感じる。

通常、駄作の受賞作が出ると「これなら、自分にも書ける」と応募者が殺到して、ほぼ隔年で傑作が出てくるのだが、遠藤武文『プリズン・トリック』(第55回)に横関大の『再会』(第56回)と、はっきり言って駄作が続いた。同時受賞が出るのは“帯に短し、襷に長し”の候補作が顔を揃えた場合に起きる現象なので、『再会』の次の最新の二受賞作も、言うに及ばない。

今回は『再会』について論じるが、「予選委員会から本選考会まで常にトップを走り続けた驚愕の小説」という帯のキャッチ・コピーが真実なら、よほど低レベルの応募作が顔を揃えたのだろう。

冒頭、スーパーで万引きした小学生をネタに、店長が母親を脅迫するくだりなどは、テレビの乱作二時間ミステリードラマをパクった程度の貧弱なアイディア。ラストの部分で明らかになる悪徳警官の二十三年前の犯行にしたところで、目新しさはゼロである。

要するに、最初から最後まで“どっかのミステリーで見たエピソード”のオンパレードで、見るべき点といったら、四人の主人公の動きを、エクセルでも使って緊密に組み合わせた、その正確・精密さぐらいのものだろう。

逆に言えば、全く新奇のアイディアを思いつくことができないアマチュア作家でも、既存作のエピソードを掻き集めてきて、縦横に巧みに組み合わせれば、江戸川乱歩賞のような権威のある新人賞でも射止められる、ということを意味する。そういう意味では『再会』は大いに参考にできる作品と言える。

文章は、下手。それも、ド下手と言いたいくらい、ウンザリした。「返事を返す」などという言い回しが平気で出てくる。こんな“馬から落馬”の言い回しを自覚なしに使っている日本語の不自由さでは、構成を担当した講談社の編集者の日本語力も極めて怪しい。

台詞の後に「そう言った・そう言って」が頻出するのもシラケた。台詞の括弧があれば、言ったことは自明だから、これも“馬から落馬”の範疇に入る。

「そう」もNG。「そう」だけではニュアンスは読者に伝わらない。どんな口調と表情(主人公なら心情)で言ったのかということを描写しなければならないのに、手を抜いているから、主人公のキャラがまったく立っていない。

四人のいずれもがステレオ・タイプだったり、ステレオ・タイプ以前だったり、この程度で良しと思っていたら、せっかくビッグ・タイトルを射止めても、遠からずファンに見放されて、文壇から消える。『再会』はアマゾンの中古で一円の値がついているが、この低価格に下がるまでの期間が、あまりに短すぎる。ビッグ・タイトル受賞が最終目標で、プロ作家として長い生命を文壇で維持することにないのなら、それも構わないだろうが。

主人公の一人の万季子に関して「腕力が弱い」ことが物語の一つのキーになっているが、万季子は剣道をやっていて、かなりの腕前で、その後も、スポーツ・ウーマンとして活躍している設定になっている。となれば、少なくとも腕立て伏せが二百回や三百回は、充分こなせる。そのくらいの腕力がなければ、とうてい活躍などできない。作者も選考委員も、全くスポーツの経験がないのだろうか。唯一、体育会系の今野敏さんだけ『再会』には辛い評価をつけたのだが、当然といえる。

受賞決定後に改稿したはずだが、そのまま刊行されたところを見ると、誰も気づかなかったか、物語の根幹に関わることだから、直しようがなかったのか。腕力がなければ、拳銃を持ち出した相手と揉み合いの末に奪い取ることなど、できるわけがない、という大矛盾に、どうして誰も気づかなかったのか。

しかも、この物語は、犯人が被疑者を殺害した状況からして、逮捕起訴は免れないとしても、執行猶予が付く可能性が大いにある事例である。敏腕弁護士がついたら、正当防衛による無罪あるいは起訴猶予を勝ち取れるかも知れない。それに全く触れずに、かなりの長期間の懲役刑が確実であるかのような書き方をしているのは、不勉強なのか何なのか。

いずれにせよ「今の江戸川乱歩賞は、この程度の作品でも受賞できるのか」と大雑把に読むのではなく、細部まで分析しながら読んでいけば、この『再会』もまた、江戸川乱歩賞狙いの“傾向と対策”の良い教材となることは確かであろう。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。