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ゴールデン・エレファント賞

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

ゴールデン・エレファント賞

今回は、ゴールデン・エレファント賞について触れることにする。


「日本を中心に優れたエンタテインメント・ストーリーを世界に向けて発信するための国際的エンタテインメント小説を目指す」と応募要項のコンセプトにあるように、やや毛色が変わっている。まだ第一回受賞作の『裏閻魔』(中村ふみ)と『慈しむ男』(荒井曜)の二作しか刊行されていないので、この二作品について触れるが、まず『慈しむ男』のほうは「こういう作品を新人賞に応募してはダメ」という典型的な構成の作品と言える。


冒頭、熊本市の慈恵病院が始めた《こうのとりのゆりかご》をモデルにした、宮崎県の慈育病院の《コウノトリ・ポスト》に全身が切り傷だらけの赤ん坊が入れられるシーンから始まって、幼児虐待問題、自殺志望者サイト、オウム真理教事件や九・一一問題……と、時事問題としてマスコミで大きく取り上げられた時事ネタの、オンパレードである。


こういう、時事ネタを切り貼りしたような作品はミステリー系の新人賞には山のように送られてきて「オリジナリティなし。大同小異」で、ばっさり一次選考で落とされる。


『慈しむ男』の〝売り〟は東京タワーが爆破によって倒壊し、四百余人もの死者が出たことで、どうすれば民間人でも入手可能な、爆発力の弱い除草剤爆弾で東京タワーを倒壊にまで追い込むことができるのか、その後の警察捜査やマスコミの取材がどのように行われるのか、そういった細部が物凄く詳細かつ綿密に描き込まれている。「なるほど、こういう事件が起きたら、警察はこういう動き方をするのか」と納得させられる書き方になっている。だから大賞に手が届いたわけで、警察考証・マスコミ考証によほどの自信がなければ書いてはいけない、考証不足で書いたら落とされるだけのジャンルの作品である。


文章的には『慈しむ男』は巧くない。『裏閻魔』のほうが遙かに上を行く。アイディア的にも差があり、私が選考委員なら『裏閻魔』を大賞に、『慈しむ男』のほうは優秀賞か佳作に留めただろう。「世界に発信する」というコンセプトにも『裏閻魔』のほうが合っていて、日本以外では英語、中国語、朝鮮語に翻訳刊行されている上に、半年後には第二弾が出ている。最近の江戸川乱歩賞受賞作よりは『裏閻魔』のほうが格段に出来が良い。


ライトノベルっぽい表紙デザインで損をしているが、時代劇ホラー・ファンタジーとでも言うべき作品で、幕末の新選組時代から、太平洋戦争終結の原爆投下までを描いた大河小説になっている。主人公の裏閻魔は、掌に彫られた刺青の呪いから不老不死となり(という設定は、まさにホラー・ファンタジーである)時代の流れに翻弄され続ける。


〝不老不死のイケメン主人公〟という設定は、吸血鬼ものの定番であって、別に新奇のアイディアとは言えないが、それを〝血〟ではなく〝刺青の呪い〟としたところが秀逸。


諸外国にはタトゥーはあるが、それを芸術の域にまで高めたのは日本独自の文化と言え、それを世界発信の新人賞の応募作の題材に選んだことで、作者の中村ふみは成功した。


今後、ゴールデン・エレファント賞を狙う人は「日本の独自文化で、世界的な関心度も一定以上が期待でき、なおかつエンターテインメント性に富んだ物語の素材にできるもの」という観点でテーマを探すと良い。とにかく『慈しむ男』の方向は絶対に狙わないこと。


『裏閻魔』は物語の舞台の情景描写、登場人物の心理描写(精神的な葛藤)が良く書き込まれていて、物語の場面場面を脳裏にイメージしやすいという点でも、優れている。大賞受賞まで、この作者はかなりの新人賞応募落選歴があるらしいが、これだけ達者な筆力を持っていながら、今まで脚光を浴びることがなかったのは、極めて不思議である。


重箱の隅を突っつけば、いくつか些細なミスや時代考証間違い、安直な言い回しも見受けられる。しかし、遙かに大量の間違いだらけ、安直な言い回しがオンパレードの作品が世の中には出回っているから、ほとんど気にならなかった。


女流のアマチュアで、時代劇ファンタジーのジャンルで新人賞にチャレンジしようと考えている人がお手本にしたら良いと思われる作品の一つと言える。充分に成人向きの内容なのに、ライトノベルっぽい表紙で損をしている時代劇ファンタジーという点では、日本ラブストーリー大賞審査員特別賞の林由美子『化粧坂』と共通するものがある。


時代劇ファンタジーでは『裏閻魔』『化粧坂』と、日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作の堀川アサコ『闇鏡』の三作品を、お手本として推奨したい。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

ゴールデン・エレファント賞(2012年4月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

ゴールデン・エレファント賞

今回は、ゴールデン・エレファント賞について触れることにする。


「日本を中心に優れたエンタテインメント・ストーリーを世界に向けて発信するための国際的エンタテインメント小説を目指す」と応募要項のコンセプトにあるように、やや毛色が変わっている。まだ第一回受賞作の『裏閻魔』(中村ふみ)と『慈しむ男』(荒井曜)の二作しか刊行されていないので、この二作品について触れるが、まず『慈しむ男』のほうは「こういう作品を新人賞に応募してはダメ」という典型的な構成の作品と言える。


冒頭、熊本市の慈恵病院が始めた《こうのとりのゆりかご》をモデルにした、宮崎県の慈育病院の《コウノトリ・ポスト》に全身が切り傷だらけの赤ん坊が入れられるシーンから始まって、幼児虐待問題、自殺志望者サイト、オウム真理教事件や九・一一問題……と、時事問題としてマスコミで大きく取り上げられた時事ネタの、オンパレードである。


こういう、時事ネタを切り貼りしたような作品はミステリー系の新人賞には山のように送られてきて「オリジナリティなし。大同小異」で、ばっさり一次選考で落とされる。


『慈しむ男』の〝売り〟は東京タワーが爆破によって倒壊し、四百余人もの死者が出たことで、どうすれば民間人でも入手可能な、爆発力の弱い除草剤爆弾で東京タワーを倒壊にまで追い込むことができるのか、その後の警察捜査やマスコミの取材がどのように行われるのか、そういった細部が物凄く詳細かつ綿密に描き込まれている。「なるほど、こういう事件が起きたら、警察はこういう動き方をするのか」と納得させられる書き方になっている。だから大賞に手が届いたわけで、警察考証・マスコミ考証によほどの自信がなければ書いてはいけない、考証不足で書いたら落とされるだけのジャンルの作品である。


文章的には『慈しむ男』は巧くない。『裏閻魔』のほうが遙かに上を行く。アイディア的にも差があり、私が選考委員なら『裏閻魔』を大賞に、『慈しむ男』のほうは優秀賞か佳作に留めただろう。「世界に発信する」というコンセプトにも『裏閻魔』のほうが合っていて、日本以外では英語、中国語、朝鮮語に翻訳刊行されている上に、半年後には第二弾が出ている。最近の江戸川乱歩賞受賞作よりは『裏閻魔』のほうが格段に出来が良い。


ライトノベルっぽい表紙デザインで損をしているが、時代劇ホラー・ファンタジーとでも言うべき作品で、幕末の新選組時代から、太平洋戦争終結の原爆投下までを描いた大河小説になっている。主人公の裏閻魔は、掌に彫られた刺青の呪いから不老不死となり(という設定は、まさにホラー・ファンタジーである)時代の流れに翻弄され続ける。


〝不老不死のイケメン主人公〟という設定は、吸血鬼ものの定番であって、別に新奇のアイディアとは言えないが、それを〝血〟ではなく〝刺青の呪い〟としたところが秀逸。


諸外国にはタトゥーはあるが、それを芸術の域にまで高めたのは日本独自の文化と言え、それを世界発信の新人賞の応募作の題材に選んだことで、作者の中村ふみは成功した。


今後、ゴールデン・エレファント賞を狙う人は「日本の独自文化で、世界的な関心度も一定以上が期待でき、なおかつエンターテインメント性に富んだ物語の素材にできるもの」という観点でテーマを探すと良い。とにかく『慈しむ男』の方向は絶対に狙わないこと。


『裏閻魔』は物語の舞台の情景描写、登場人物の心理描写(精神的な葛藤)が良く書き込まれていて、物語の場面場面を脳裏にイメージしやすいという点でも、優れている。大賞受賞まで、この作者はかなりの新人賞応募落選歴があるらしいが、これだけ達者な筆力を持っていながら、今まで脚光を浴びることがなかったのは、極めて不思議である。


重箱の隅を突っつけば、いくつか些細なミスや時代考証間違い、安直な言い回しも見受けられる。しかし、遙かに大量の間違いだらけ、安直な言い回しがオンパレードの作品が世の中には出回っているから、ほとんど気にならなかった。


女流のアマチュアで、時代劇ファンタジーのジャンルで新人賞にチャレンジしようと考えている人がお手本にしたら良いと思われる作品の一つと言える。充分に成人向きの内容なのに、ライトノベルっぽい表紙で損をしている時代劇ファンタジーという点では、日本ラブストーリー大賞審査員特別賞の林由美子『化粧坂』と共通するものがある。


時代劇ファンタジーでは『裏閻魔』『化粧坂』と、日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作の堀川アサコ『闇鏡』の三作品を、お手本として推奨したい。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。