時代考証に神経質になる必要がない『小説現代長編新人賞』
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文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
小説現代長編新人賞
今回は、一月三十一日が締切の小説現代長編新人賞について述べることにする。これまでに七回を数えるが、松本清張賞ほどではないにしても、過半数を時代劇の受賞作が占め、特に去年と今年は、連続して時代劇である。今年の第七回受賞者、仁志耕一郎さんの『玉兎の望』は当講座執筆時点で未刊(抄録は雑誌『小説現代』に紹介された)なので、去年の受賞作『赤刃』(長浦京)について述べる。
時代劇の受賞作が多い割には選考委員も編集者も時代考証に無知な点は、松本清張賞の場合と全く同じで『赤刃』の常識レベルの時代考証間違いがことごとく見逃されている。
列挙していくと、まず、命日と祥月命日の違いが分かっていない。命日は個人の亡くなったのと日付が同じ日で、年に十二回ないし十三回やってくる。年に一回の、月日まで一致する忌日は、祥月命日である。祥月命日を命日と呼ぶ勘違いが近年になって一般化したことから、月命日などという間違った言葉が近年では定着したが、江戸時代には、ない。「参勤交代で江戸に行く」という間違いもあった。江戸に行くのは「参勤(正字は参覲で『将軍に拝謁する』の意味)」で、江戸から領国に帰るのが「交代」である。
また、職人と商人を指して「集まっているのは四つに分けられた身分の下二つ、工商の者たち」などという表現もあったが、これも大間違い。士農工商を言い出すのは明治維新以降であって、江戸時代は武士(御目見以上)・百姓町人・穢多非人の三区分しかない。武器の使用に関しても、抜刀せずに鞘ごと抜いて無頼漢を叩き伏せるシーンがあった。こんなことをすれば、一撃で鞘が割れ、以降は抜き身で持ち歩かなければならなくなる。
また、江戸時代の名前に通称と諱(いみな)と二つあるのに、この区別が、全然できておらず、ごちゃ混ぜに使っている。このくらい万事に好い加減だから、小説現代長編新人賞を時代劇で狙う場合には、選考委員を唸らせることさえできれば、大嘘を書いても賞に手が届く、時代考証には全く神経質になる必要がない、と言える。
内容的には『赤刃』は「アマチュアが新人賞を狙うのであれば、こういう物語を書いてはいけない」という手法を採っている。全編を通して神様視点で書かれており、そのために登場人物の視点が、あっちこっちに乱れ飛ぶ。視点に厳しいミステリー系の下読み選者に当たっていたら、一次選考で落とされていたかも知れない。
第十九回の松本清張賞受賞作『烏に単は似合わない』(阿部智里)と違って「予選落選確実」とまで言わない理由は、登場人物のキャラが際立って立っている(魅力的か否かは見方によると思うが)からだ。帯のキャッチ・コピーには「新感覚時代活劇、ここに開幕!」とあるが、そうではない。むしろ時代劇の手法としては古く、〝時代劇ルネサンス〟と言えるだろう。全編を神様視点で押し通す書き方は、池波正太郎を彷彿とさせる。主要登場人物のみならず、末端の端役に至るまで、ほぼ登場人物の九割のキャラが立っている。近年、これだけ大勢のキャラが立った作品を新人が書いたのは、記憶にない。
長浦の著者略歴には、放送作家とあるから、登場人物のキャラの立て方は、おそらくその当時に身につけたものだろう。『のぼうの城』で脚光を浴びた脚本家出身の和田竜も、キャラ立てが巧みだから、共通したものを感じさせる。これほどキャラが際立っていれば、いくら冒頭から神様視点オンリーでも「もっと先まで読んでみようか」となる。下読み選者にラストまで(斜めの飛ばし読みでなく)本気で読ませられれば、応募者の勝ちだ。
ジェットコースター・ムービーという言葉があるが、そういう表現を借りれば『赤刃』は〝ジェットコースター・スプラッタ・ムービー〟と言えそうである。例えば映画版『バイオハザード』シリーズでは主演のミラ・ジョヴォヴィッチが殺しまくるが、あれは映像を、離れたこちら側(つまり神様視点)から見ているから良いので、カメラがミラの視点から全情景を写していたら酸鼻すぎて見るに耐えないに違いない。『赤刃』にも、そういう要素が多々ある。主人公も敵方も周囲の人間も、狂気に取り憑かれて(しかし当人たちには、それなりの思想がある)ひたすら殺しまくり、江戸市中を屍山血河と変えていく。
主人公視点や一人称視点で書いたら、あまりに凄まじすぎて読者(選考委員)がついてこられない、という読みのもとに長浦が全編神様視点の手法を採ったとしたら大したもので、敬服に値する。
だからこそ、新人賞を狙うアマチュアは、こういう手法は回避したほうが無難である。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
---|---|
朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
小説現代長編新人賞
今回は、一月三十一日が締切の小説現代長編新人賞について述べることにする。これまでに七回を数えるが、松本清張賞ほどではないにしても、過半数を時代劇の受賞作が占め、特に去年と今年は、連続して時代劇である。今年の第七回受賞者、仁志耕一郎さんの『玉兎の望』は当講座執筆時点で未刊(抄録は雑誌『小説現代』に紹介された)なので、去年の受賞作『赤刃』(長浦京)について述べる。
時代劇の受賞作が多い割には選考委員も編集者も時代考証に無知な点は、松本清張賞の場合と全く同じで『赤刃』の常識レベルの時代考証間違いがことごとく見逃されている。
列挙していくと、まず、命日と祥月命日の違いが分かっていない。命日は個人の亡くなったのと日付が同じ日で、年に十二回ないし十三回やってくる。年に一回の、月日まで一致する忌日は、祥月命日である。祥月命日を命日と呼ぶ勘違いが近年になって一般化したことから、月命日などという間違った言葉が近年では定着したが、江戸時代には、ない。「参勤交代で江戸に行く」という間違いもあった。江戸に行くのは「参勤(正字は参覲で『将軍に拝謁する』の意味)」で、江戸から領国に帰るのが「交代」である。
また、職人と商人を指して「集まっているのは四つに分けられた身分の下二つ、工商の者たち」などという表現もあったが、これも大間違い。士農工商を言い出すのは明治維新以降であって、江戸時代は武士(御目見以上)・百姓町人・穢多非人の三区分しかない。武器の使用に関しても、抜刀せずに鞘ごと抜いて無頼漢を叩き伏せるシーンがあった。こんなことをすれば、一撃で鞘が割れ、以降は抜き身で持ち歩かなければならなくなる。
また、江戸時代の名前に通称と諱(いみな)と二つあるのに、この区別が、全然できておらず、ごちゃ混ぜに使っている。このくらい万事に好い加減だから、小説現代長編新人賞を時代劇で狙う場合には、選考委員を唸らせることさえできれば、大嘘を書いても賞に手が届く、時代考証には全く神経質になる必要がない、と言える。
内容的には『赤刃』は「アマチュアが新人賞を狙うのであれば、こういう物語を書いてはいけない」という手法を採っている。全編を通して神様視点で書かれており、そのために登場人物の視点が、あっちこっちに乱れ飛ぶ。視点に厳しいミステリー系の下読み選者に当たっていたら、一次選考で落とされていたかも知れない。
第十九回の松本清張賞受賞作『烏に単は似合わない』(阿部智里)と違って「予選落選確実」とまで言わない理由は、登場人物のキャラが際立って立っている(魅力的か否かは見方によると思うが)からだ。帯のキャッチ・コピーには「新感覚時代活劇、ここに開幕!」とあるが、そうではない。むしろ時代劇の手法としては古く、〝時代劇ルネサンス〟と言えるだろう。全編を神様視点で押し通す書き方は、池波正太郎を彷彿とさせる。主要登場人物のみならず、末端の端役に至るまで、ほぼ登場人物の九割のキャラが立っている。近年、これだけ大勢のキャラが立った作品を新人が書いたのは、記憶にない。
長浦の著者略歴には、放送作家とあるから、登場人物のキャラの立て方は、おそらくその当時に身につけたものだろう。『のぼうの城』で脚光を浴びた脚本家出身の和田竜も、キャラ立てが巧みだから、共通したものを感じさせる。これほどキャラが際立っていれば、いくら冒頭から神様視点オンリーでも「もっと先まで読んでみようか」となる。下読み選者にラストまで(斜めの飛ばし読みでなく)本気で読ませられれば、応募者の勝ちだ。
ジェットコースター・ムービーという言葉があるが、そういう表現を借りれば『赤刃』は〝ジェットコースター・スプラッタ・ムービー〟と言えそうである。例えば映画版『バイオハザード』シリーズでは主演のミラ・ジョヴォヴィッチが殺しまくるが、あれは映像を、離れたこちら側(つまり神様視点)から見ているから良いので、カメラがミラの視点から全情景を写していたら酸鼻すぎて見るに耐えないに違いない。『赤刃』にも、そういう要素が多々ある。主人公も敵方も周囲の人間も、狂気に取り憑かれて(しかし当人たちには、それなりの思想がある)ひたすら殺しまくり、江戸市中を屍山血河と変えていく。
主人公視点や一人称視点で書いたら、あまりに凄まじすぎて読者(選考委員)がついてこられない、という読みのもとに長浦が全編神様視点の手法を採ったとしたら大したもので、敬服に値する。
だからこそ、新人賞を狙うアマチュアは、こういう手法は回避したほうが無難である。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
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朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。