ゴールデン・エレファント賞


文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
ゴールデン・エレファント賞
今回は、ゴールデン・エレファント賞を取り上げる。
ところで「枚数厳守」と「程度」の差異について質問される機会が結構あるのでお答えしておくと、業界では一応「一割まで」ということになっている。つまり最大で五百五十枚までなら失格にならない。だからといって無駄に引き延ばして、五百枚で収まる内容なのに、どうにか五百五十枚に近づけようとする(長いほうが受賞しやすいと大いなる勘違いをしているアマチュアが意外に多い)と減点材料になるので、よくよく注意しておくこと。
ゴールデン・エレファント賞が他の新人賞と最も異なる点は、主催している枻出版社のみならず、英語、中国語、韓国語でも刊行される(可能性がある)という点で、そのために選考委員に、外国人審査員が加わっている。そこで授賞傾向が他の新人賞とは異なる。
(アメリカはヴァーティカル社、中国は上海訳文出版社、韓国はソダム&テール出版社)
それは「面白い作品に授賞される」ということである。じゃあ、他の新人賞は面白い作品に授賞されるんじゃないのか、と疑問に思うアマチュアがいるかもしれないが、まさにそのとおりである。圧倒的多数の新人賞は、面白いか否かに選考の主たる基準を置いていない。最も主眼を置くのは「アイデアの新奇性」であり、応募者の創造力・想像力であって(つまり、そのほうがプロ作家になってからの“伸びしろ”があると見るからなのだが)応募作の面白さは二の次、三の次でしかない。その結果“アイデアの新奇性倒れ”で、確かに目新しくはあるが、一般読者からしてみれば面白くも何ともない退屈な作品が受賞することが、まま起きて、「何で、これが新人賞受賞作?」と首を捻らせたりする。
ゴールデン・エレファント賞に、それはない。ひたすら“面白い作品”に選考の基幹が置かれているから、他の新人賞なら予選突破レベルの、さほどアイデアの新奇性が見られない作品にも授賞の可能性がある。そこで、第三回受賞作の『クイックドロウ』(シュウ・エジマ)と特別賞受賞作の『エリッサ様、前方に敵艦を発見しました』(わかたけまさこ)について併せて論じることにする。アイデアの新奇性は重視せず、面白さ重視となると、重要になってくるのは登場人物のキャラクター設定である。私は、これをABCの三段階に分類している。Aはプロ作家でも「このキャラは凄い!」と唸るレベル(つまり、新人賞受賞作では、滅多にない)。Bは「まずまず巧いキャラ設定」で、Cが「キャラ設定は巧くない。他の長所でキャラの弱さをカバーして受賞に至った」という基準である。
大賞受賞作の『クイック』はBとCの中間に来る。登場人物が多いせいで、キャラ描写が巧い登場人物と、殺人事件捜査に当たる刑事たちなど、ステレオ・タイプの“良くあるタイプ”とに分かれる。アイデア的にも、さほど新奇性は見られず、過去のアメリカ映画の良いところを切り貼りして再構成したような印象を受ける。
逆に言えば、これをハリウッドで映画化したら、かなりヒットが望める作品に仕上がるのではないだろうか、という強い予感を与える。これが実は、ゴールデン・エレファント賞を射止めようと狙う場合のキーポイントのような気がする。要するに「ハリウッドの映画会社に企画として持ち込めるようなタイプの応募作を書け」である。
『エリッサ』のほうの登場人物キャラ設定は、見方によってBとCの真っ二つに割れるだろう。これを“大人物の作品”として見ると「リアリティー全然なし。こんな人物が、いるわけがない」でC評価になるだろうし、ライトノベルとして見ると“漫画チックな躍動感”に全体が満ち溢れていて、B評価になる。最終選考で選考委員の評価が侃々諤々、肯定派と否定派に二分されたのも実に頷ける。
『エリッサ』はアニメにしたら大受けする作品になることは間違いなく、実写でも『パイレーツ・オブ・カリビアン』のような海洋物のメガヒット作があるところから見て、ひょっとしたら『クイック』よりもヒット作になる可能性さえ、否定できない。『クイック』『エリッサ』の、いずれも、日本での実写映画化は予算的に無理、ハリウッドなら大いに可能性あり――という観点で読んでみると、ゴールデン・エレファント賞の目指している方向性が見えてくる。「新奇のアイデアとなると、あんまり自信はないが、面白い物語なら書けるぞ!」と自負しているアマチュアにとってはゴールデン・エレファント賞は狙い目の新人賞といえる。ハリウッドで映画化されて、一気に億万長者も夢ではない――そんな、宝くじ的な期待感を持たせてくれるのがゴールデン・エレファント賞である。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
---|---|
朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
ゴールデン・エレファント賞
今回は、ゴールデン・エレファント賞を取り上げる。
ところで「枚数厳守」と「程度」の差異について質問される機会が結構あるのでお答えしておくと、業界では一応「一割まで」ということになっている。つまり最大で五百五十枚までなら失格にならない。だからといって無駄に引き延ばして、五百枚で収まる内容なのに、どうにか五百五十枚に近づけようとする(長いほうが受賞しやすいと大いなる勘違いをしているアマチュアが意外に多い)と減点材料になるので、よくよく注意しておくこと。
ゴールデン・エレファント賞が他の新人賞と最も異なる点は、主催している枻出版社のみならず、英語、中国語、韓国語でも刊行される(可能性がある)という点で、そのために選考委員に、外国人審査員が加わっている。そこで授賞傾向が他の新人賞とは異なる。
(アメリカはヴァーティカル社、中国は上海訳文出版社、韓国はソダム&テール出版社)
それは「面白い作品に授賞される」ということである。じゃあ、他の新人賞は面白い作品に授賞されるんじゃないのか、と疑問に思うアマチュアがいるかもしれないが、まさにそのとおりである。圧倒的多数の新人賞は、面白いか否かに選考の主たる基準を置いていない。最も主眼を置くのは「アイデアの新奇性」であり、応募者の創造力・想像力であって(つまり、そのほうがプロ作家になってからの“伸びしろ”があると見るからなのだが)応募作の面白さは二の次、三の次でしかない。その結果“アイデアの新奇性倒れ”で、確かに目新しくはあるが、一般読者からしてみれば面白くも何ともない退屈な作品が受賞することが、まま起きて、「何で、これが新人賞受賞作?」と首を捻らせたりする。
ゴールデン・エレファント賞に、それはない。ひたすら“面白い作品”に選考の基幹が置かれているから、他の新人賞なら予選突破レベルの、さほどアイデアの新奇性が見られない作品にも授賞の可能性がある。そこで、第三回受賞作の『クイックドロウ』(シュウ・エジマ)と特別賞受賞作の『エリッサ様、前方に敵艦を発見しました』(わかたけまさこ)について併せて論じることにする。アイデアの新奇性は重視せず、面白さ重視となると、重要になってくるのは登場人物のキャラクター設定である。私は、これをABCの三段階に分類している。Aはプロ作家でも「このキャラは凄い!」と唸るレベル(つまり、新人賞受賞作では、滅多にない)。Bは「まずまず巧いキャラ設定」で、Cが「キャラ設定は巧くない。他の長所でキャラの弱さをカバーして受賞に至った」という基準である。
大賞受賞作の『クイック』はBとCの中間に来る。登場人物が多いせいで、キャラ描写が巧い登場人物と、殺人事件捜査に当たる刑事たちなど、ステレオ・タイプの“良くあるタイプ”とに分かれる。アイデア的にも、さほど新奇性は見られず、過去のアメリカ映画の良いところを切り貼りして再構成したような印象を受ける。
逆に言えば、これをハリウッドで映画化したら、かなりヒットが望める作品に仕上がるのではないだろうか、という強い予感を与える。これが実は、ゴールデン・エレファント賞を射止めようと狙う場合のキーポイントのような気がする。要するに「ハリウッドの映画会社に企画として持ち込めるようなタイプの応募作を書け」である。
『エリッサ』のほうの登場人物キャラ設定は、見方によってBとCの真っ二つに割れるだろう。これを“大人物の作品”として見ると「リアリティー全然なし。こんな人物が、いるわけがない」でC評価になるだろうし、ライトノベルとして見ると“漫画チックな躍動感”に全体が満ち溢れていて、B評価になる。最終選考で選考委員の評価が侃々諤々、肯定派と否定派に二分されたのも実に頷ける。
『エリッサ』はアニメにしたら大受けする作品になることは間違いなく、実写でも『パイレーツ・オブ・カリビアン』のような海洋物のメガヒット作があるところから見て、ひょっとしたら『クイック』よりもヒット作になる可能性さえ、否定できない。『クイック』『エリッサ』の、いずれも、日本での実写映画化は予算的に無理、ハリウッドなら大いに可能性あり――という観点で読んでみると、ゴールデン・エレファント賞の目指している方向性が見えてくる。「新奇のアイデアとなると、あんまり自信はないが、面白い物語なら書けるぞ!」と自負しているアマチュアにとってはゴールデン・エレファント賞は狙い目の新人賞といえる。ハリウッドで映画化されて、一気に億万長者も夢ではない――そんな、宝くじ的な期待感を持たせてくれるのがゴールデン・エレファント賞である。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
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朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。