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第16回「小説でもどうぞ」佳作 手信号/尼子猩庵

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第16回結果発表
課 題

遊び

※応募数206編
「手信号」
尼子猩庵
 彼は非常に退屈していた。
 何もすることがなくて、上空に飛行機がゆき過ぎるのを、ぼんやり見つめていた。
 ふと、でたらめな手信号を送ってみた。いつか飛行場で見たのを、思い出し思い出し。
 両手を水平に立てたり、片手を上げ下げしてみたり、交差させてみたり――やがてくるりときびすを返すと、全速力で駆け出した。
 何度もふり返って確かめるけれど、やっぱり飛行機は、明らかにこちらを向いていた。
 コンビニから出て来たおじさんが自転車に乗ろうとしているので、呼びとめて、貸してくださいませんかと頼んだ。
 上空を指さして、こういう状況なのですと訴えると、おじさんは飛行機を見上げて、そういうことならと、快く貸してくれた。
 彼は自転車にまたがると、力の限りに漕いだ。けれども、遠くてわかりづらいものの、飛行機は明らかに近づいて来ていた。
 広い道路に出た。彼は自転車を道路のわきに置くと、親指を立てた。
 一台のセダンが乗せてくれた。どこまで行くのと聞かれたから、彼は上空を指さして、こういう状況なのですと訴えた。空を見上げたドライバーは、そういうことならと、スピードを上げてくれた。
 ふいに、電車と並走した。車掌と目が合ったので、彼が親指を立てつつ、上空を指さすと、飛行機を見上げた車掌は、そういうことならと、電車を停めてくれた。彼はドライバーにお礼を言って、電車に乗り換えた。
 新幹線の線路と交差するところで降ろしてもらい、よじ登って親指を立てていると、新幹線は少々行き過ぎたけれども、バックして戻って来てくれた。
 時速二百キロで運ばれながら、彼はようやくホッと人心地ついた。ところが、窓から見てみると、飛行機は思いのほか近くまで来ていて、距離は今しもどんどん縮まっていた。
 どうかしましたかと、隣の席の若者に聞かれたので、事情を説明すると、若者は瞳を輝かせて、自分はユーチューバーなのですが、服を交換しませんかと申し出た。
 服を交換すると、若者は窓際に座って、スマートフォンのカメラを回し、なにか流暢な口上を述べ出した。彼が次の駅で降りると、若者を乗せて走り去った新幹線のあとを、飛行機はそのまま追いかけて行った。
 家に帰って、ぐったりとソファーに腰かけた。あの若者は無事かしらと思い、「飛行機に追われてみた」等々と検索してみるも、まだ動画は上がっていなかった。墜落事故のニュースなどありやしないかと、テレビをつけてみるも、それらしいものはなかった。なにやら大金持ちがロケットを飛ばすというニュースばかり流れていた。探査機を冥王星の周回軌道に乗せる計画だとかなんとか。
 小一時間昼寝して、夕刊を取りに出た。美しい夕映え空を見上げた。上空に飛行機が一機、ゆき過ぎるのが見えた。
 しばらく見つめていた彼は、やにわに室内へ駆け戻った。カーテンの隙間からそっと覗き見るに、どうやら気づかれなかったらしい。飛行機はぐるぐると、彼を探して飛んでいた。
 彼は例の大金持ちのインスタグラムにダイレクトメッセージを送った。すると早速、そういうことならと返信が来て、最寄りのヘリポートにヘリコプターが寄越された。
 タクシーがヘリポートに着く頃には、上空の飛行機はすでに彼を見つけていた。ヘリコプターの中で彼は、ぐんぐん距離を縮めて来る飛行機に、合掌するやら十字を切るやら、しかしだめだもう追いつかれるとカンネンする頃、発射場に到着した。大金持ちが直々のお出迎えで、すぐに乗りたまえとうながされ、彼はブースターの中にもぐりこんだ。
 カウントダウンが開始され、ロケットが打ち上げられた。しばらくしてブースターが切り離された。ギリギリまで迫っていた飛行機は、そのままロケットを追いかけて、宇宙の彼方へ消えて行った。
 海に落ちたブースターの残骸の上で、彼は三日ばかり漂流したのち、無事に保護された。

 海を見下ろす高台の公園のベンチに彼が座っている。非常に退屈していた。
 何もすることがなくて、彼方にタンカーがゆき過ぎるのを、ぼんやり見つめていた。
 ふと立ち上がると、でたらめな手信号を送ってみた。
 両手を水平に立てたり、片手を上げ下げしてみたり、交差させてみたり――ふたたびベンチに座ると、もたれかかって足を組んだ。
 タンカーはこちらに向かって来るけれど、今度は船だ。ここまでは来られまい。
 ところが、とうとう波止場に乗り上げたタンカーは、そのまま地面の上をぐんぐん進んで来るのだった。
 彼は立ち上がると、全速力で駆け出した。
(了)