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第16回「小説でもどうぞ」佳作 秋日和/諸井佳文

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第16回結果発表
課 題

遊び

※応募数206編
「秋日和」
諸井佳文
「じゃ、お母さん出掛けるから、夏菜かなも学校に遅れないようにするのよ」
「ふぁ~い」
 夏菜は歯磨きをしながら母に返事をした。母は市立病院の看護師だ。夏菜が物心ついた時から働いている。身支度を整えて出掛けようとした時、奥から物音がした。父が起きてきたのだ。父はまだパジャマ姿で髪はボサボサだ。
「お、夏菜。いまから学校か?」
 夏菜は返事をせず、家を出て自転車をこいだ。父は半年前に会社を辞めて、それっきり毎日ゲーム三昧だ。母は放っておきなさいと言う。三叉路に行きあたった。右を行けば学校につく。夏菜は左に行った。左に行くと畑が続く。あまりこっちにきたことはない。そんな中お洒落な建物が目に入った。以前にはなかった建物だ。打ちっ放しのコンクリートの外壁で、都会のブティックみたいだ。なんの建物かわからない。中を覗いてみようと敷地内に入った。扉は施錠されていなかった。入ってみると中はお店のようだった。でも誰もいない。いったん外に出て、裏を探索した。話し声が聞こえる。その方向に行ってみると、五人くらいのひとが集まってなにやら機械の前で相談しているようだった。その中の一人が夏菜に気がついた。母に似た女性だ。
「高舘高校の制服じゃないの? 学校はどうしたの?」
 夏菜は答えず、ひとたちの奥にあるものを見た。カゴが重ねられていて中に入っているのは葡萄だった。
「食べていい?」
 みんなの中で一番偉そうなドレッドヘアの叔父さんが答えた。
「いいよ」
 それは今まで食べたことのない味だった。
「甘くない」
「食用じゃないのさ。ワイン用の葡萄だもの」
「ワイン?」
「いまから選果なんだ。お嬢さんもやってみるかい?」
「條治さん、制服だよ」
「いいさ。社会勉強さ。でも制服が汚れるからなにか上っ張りを着たほうがいいな。奥から持ってくる」
 條治さんと呼ばれたひとは奥から作業着を持ってきて、夏菜に着せてくれた。
「収穫した葡萄だけどほら、まだ熟していないところとか、熟しすぎて腐っているところとかあるだろ? これを取り除いてこの網の上にのせる。網の上から押すとこう梗の部分が取れて、実の部分だけ下に落ちる。その実だけ発酵させて美味しいワインを作るんだ」
 やってみると割と楽しい作業だった。
「ほお。ちゃんと選んでいるね、お嬢さん。名前なんていうの?」
「夏菜。悪いところを除くと量が少なくなるね。もったいない気がする」
「美味しいワインを作るには必要なことさ。今日はどうして学校をサボったの?」
「……お父さんが失業して毎日ゲームをして遊んでばっかりいるの。わたしも遊んでやろうと思って」
「ほう。夏菜ちゃんは遊んでないじゃん。働いているじゃない」
「そう? これ、働いていることになるの?」
「終わったらバイト料あげるよ」
「……毎日わたしここで働こうかな?」
「駄目だよ。高校は卒業しなきゃ」
「でもお父さんが働かないから進学も出来ないし。お母さんはいっぱい働くから進学しなさいって言うけど、行きたい学校もないし、勉強したいこともないし……」
「高校卒業したら、うちで働いてもいいよ。正社員とかは無理だけど、働いてくれるひとを探していたんだ」
「本当?」
 その仕事は暗くなる前に終わった。夏菜は條治さんから五千円をもらった。
 家に帰ると母が怒っていた。
「今まで何処で遊んでいたの? 学校から電話があったわよ。もうびっくりしたわよ」
「働いていたの。五千円をもらった」
 母に小さなワイナリーで働いたことを話した。進学しないことも話した。母は泣き出した。
「夏菜には苦労させまいと今まで一生懸命働いていたのに……」
「苦労なんかしてないよ。これからもしないよ。楽しい仕事だったもの」
「仕事は楽しいのが一番さ」
 奥から出て来た父が発言した。上下スウェットで無精ヒゲ姿だった。
「ラスボスを倒した。明日から就職活動だ」
 ひとまず母は機嫌を直したようだった。
「ご飯の支度をしますね」
 労働のあとのご飯は美味しかった。 
(了)