第16回「小説でもどうぞ」佳作 遊びの代償/猪又琉司
第16回結果発表
課 題
遊び
※応募数206編
「遊びの代償」
猪又琉司
猪又琉司
僕らが遊んでいた公園にある日突然、ブルーシートのテントが建てられた。公園は僕と金やんの聖域だった。運動が苦手で、もやしみたいに痩せていた僕は家で本ばかり読んでいたが、金やんと友達になり、毎日公園で遊ぶようになった。僕の中でずっと閉じていた扉を金やんは、いとも簡単にこじ開けてくれたのだ。
「ちょっと、覗いてみようか」と金やんがふいに言い出した。「怖いからやめようよ」と、僕も言葉では静止したが金やん以上に興味を抱いていた。僕らは、忍び足でそーっとテントに近づき、のぞき込んだ。すると、おじさんから「こら! こっちくんな!」と怒鳴られた。僕らは、脱兎のごとく逃げた。胸のドキドキが止まらなかった。これまでの遊びでは味わうことのできないスリルがたまらなかた。そうして、僕らの〝遊び〟が始まった。「攻撃だ!」のかけ声で、石を投げたり、水を掛けたり。ひどいことをした。おじさんは、その度に「くそガキが!」と怒鳴り散らし追いかけてきたが、暴力を振るったりすることはなかった。僕らは図に乗った。夜、おじさんを襲撃する計画を立てた。「不意打ちを食らわせ、テントをぶっ壊す」金やんの提案に心躍った。物置に眠っていた金属バットを取り出し、夜、家を抜け出した。いつもの公園の風景とは、全く違う暗闇と静けさ。外灯に照らされたブルーシートが、スポットライトを浴びているように存在感を増していた。「いくぞ」金やんのかけ声で、僕らはブルーシートに突進した。すると、中から見知らぬ男が出てきた。男の目つきは鋭く、一目で危なそうな人物であることは分かった。「誰だてめぇ」男が凄むと、僕らは途端に縮み上がった。見ると、テントの中でおじさんが血だらけで倒れていた。「ひぃぃ……」僕は、恐怖のあまり無意識に声を上げた。
「とっとと、失せろ」男の声に心から安堵した。一秒でも早くここから逃げなければならない。僕らは踵を返すと「待て」の声が掛かる。男はニヤニヤしながら、僕らの顔をのぞき込んだ。そして、金やんの手を取ると「ちょっと、楽しい遊びしようか」と言い下品に笑った。金やんは助けを求めるように僕の顔を見た。「お前は帰れ」男は威圧するように僕を見据えた。僕は目をそらした。金やんは男に連れられ、ワンボックスカーの中に押し込まれた。スモークが張られて中の様子は分からないが、そのうち大きく揺れた。時折、金やんの「やめろ」という叫び声が聞こえた。それなのに、僕はただ、立ち尽くしてその様子を見ていた。一時間くらいして、金やんがクルマから放り出された。服は乱れ、盛んにお尻を押さえて痛そうにしていた。彼は感情のない瞳で僕を見つめた。言葉を発することはなかった。ただ、見つめた。僕は耐えられず、目を伏せた。すると、いつの間にか金やんはいなくなっていた。それから、僕と金やんは二度と公園で遊ぶことはなくなった。
時は流れ、ある寒い冬の日。急患対応で呼び出され向かったオペ室で、患者の顔を見ておののいた。間違いない、患者は金やんだった。私は、外科医になっていた。緊急手術の準備が進められている。大動脈解離。手術をしても、成功率は半分に満たない。私は決意を持って、メスを握った。大丈夫、うまくやれる。無影灯の光がやけに眩しかった。これから切り裂くのは、金やんの体ではない。私の過去だ。もう、私を苦しめるものはなくなる…はずだった。結論から言おう。私は、金やんの命を救った。手術後の患者への対応は、基本的に執刀医が行うのが通例だが、全て後輩に任せた。私は金やんとその家族とは一切関わらなかった。
それからしばらくして病院の裏手にある小さな公園で、昼下がり、私はぼんやりベンチで珈琲を飲んでいた。幼い少年が二人、楽しそうに遊んでいた。その様子を眺めていると、隣のベンチに座っている男が言った。
「お前がこの病院にいることは知ってた。最初から。だから、運んでもらった」
見るとそこには、金やんがいた。彼を見た瞬間、押さえていたリミッターが一気に外れるのが分かった。
「内心、死んでくれればどんなに楽だろう、と思ったよ。この世の中にたった一人、公然と批難できる人間が存在する。その揺るぎない事実が、いつまでも苦しめた。君が生きている限り、延々と続くんだ」私は取り乱すように金やんに叫んだ。
「苦しんだか? ざまぁ、みろ」金やんは、私を見てニッコリと笑った。
「これでチャラだ」そう言うと、彼は軽やかに立ち上がり、子ども達に溶け込むように遊び始めた。金やんは、あのときから何も変わってなかった。それをうらやましく思いながらも、私は彼らの遊びに混ざることは出来なかった。
(了)
「ちょっと、覗いてみようか」と金やんがふいに言い出した。「怖いからやめようよ」と、僕も言葉では静止したが金やん以上に興味を抱いていた。僕らは、忍び足でそーっとテントに近づき、のぞき込んだ。すると、おじさんから「こら! こっちくんな!」と怒鳴られた。僕らは、脱兎のごとく逃げた。胸のドキドキが止まらなかった。これまでの遊びでは味わうことのできないスリルがたまらなかた。そうして、僕らの〝遊び〟が始まった。「攻撃だ!」のかけ声で、石を投げたり、水を掛けたり。ひどいことをした。おじさんは、その度に「くそガキが!」と怒鳴り散らし追いかけてきたが、暴力を振るったりすることはなかった。僕らは図に乗った。夜、おじさんを襲撃する計画を立てた。「不意打ちを食らわせ、テントをぶっ壊す」金やんの提案に心躍った。物置に眠っていた金属バットを取り出し、夜、家を抜け出した。いつもの公園の風景とは、全く違う暗闇と静けさ。外灯に照らされたブルーシートが、スポットライトを浴びているように存在感を増していた。「いくぞ」金やんのかけ声で、僕らはブルーシートに突進した。すると、中から見知らぬ男が出てきた。男の目つきは鋭く、一目で危なそうな人物であることは分かった。「誰だてめぇ」男が凄むと、僕らは途端に縮み上がった。見ると、テントの中でおじさんが血だらけで倒れていた。「ひぃぃ……」僕は、恐怖のあまり無意識に声を上げた。
「とっとと、失せろ」男の声に心から安堵した。一秒でも早くここから逃げなければならない。僕らは踵を返すと「待て」の声が掛かる。男はニヤニヤしながら、僕らの顔をのぞき込んだ。そして、金やんの手を取ると「ちょっと、楽しい遊びしようか」と言い下品に笑った。金やんは助けを求めるように僕の顔を見た。「お前は帰れ」男は威圧するように僕を見据えた。僕は目をそらした。金やんは男に連れられ、ワンボックスカーの中に押し込まれた。スモークが張られて中の様子は分からないが、そのうち大きく揺れた。時折、金やんの「やめろ」という叫び声が聞こえた。それなのに、僕はただ、立ち尽くしてその様子を見ていた。一時間くらいして、金やんがクルマから放り出された。服は乱れ、盛んにお尻を押さえて痛そうにしていた。彼は感情のない瞳で僕を見つめた。言葉を発することはなかった。ただ、見つめた。僕は耐えられず、目を伏せた。すると、いつの間にか金やんはいなくなっていた。それから、僕と金やんは二度と公園で遊ぶことはなくなった。
時は流れ、ある寒い冬の日。急患対応で呼び出され向かったオペ室で、患者の顔を見ておののいた。間違いない、患者は金やんだった。私は、外科医になっていた。緊急手術の準備が進められている。大動脈解離。手術をしても、成功率は半分に満たない。私は決意を持って、メスを握った。大丈夫、うまくやれる。無影灯の光がやけに眩しかった。これから切り裂くのは、金やんの体ではない。私の過去だ。もう、私を苦しめるものはなくなる…はずだった。結論から言おう。私は、金やんの命を救った。手術後の患者への対応は、基本的に執刀医が行うのが通例だが、全て後輩に任せた。私は金やんとその家族とは一切関わらなかった。
それからしばらくして病院の裏手にある小さな公園で、昼下がり、私はぼんやりベンチで珈琲を飲んでいた。幼い少年が二人、楽しそうに遊んでいた。その様子を眺めていると、隣のベンチに座っている男が言った。
「お前がこの病院にいることは知ってた。最初から。だから、運んでもらった」
見るとそこには、金やんがいた。彼を見た瞬間、押さえていたリミッターが一気に外れるのが分かった。
「内心、死んでくれればどんなに楽だろう、と思ったよ。この世の中にたった一人、公然と批難できる人間が存在する。その揺るぎない事実が、いつまでも苦しめた。君が生きている限り、延々と続くんだ」私は取り乱すように金やんに叫んだ。
「苦しんだか? ざまぁ、みろ」金やんは、私を見てニッコリと笑った。
「これでチャラだ」そう言うと、彼は軽やかに立ち上がり、子ども達に溶け込むように遊び始めた。金やんは、あのときから何も変わってなかった。それをうらやましく思いながらも、私は彼らの遊びに混ざることは出来なかった。
(了)