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第16回「小説でもどうぞ」選外佳作 遊び人のきんちゃん/毒島愛倫

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第16回結果発表
課 題

遊び

※応募数206編
選外佳作
「遊び人のきんちゃん」
毒島愛倫
 僕は緊張しすぎて、肩に力が入りすぎてしまう。そのせいでこの前、野球の試合で思うように力が発揮できず、レギュラーから外された。来週、大会があるのに。
「野球なんてやめてやる」そう宣言すると、見るに見かねたママは、僕を連れ出した。
 そこは診療所みたいなとこだったけど、何かが違う。何人か待合室で座っているけど、みんな肩に力が入り、窮屈そうに座っている。かくいう僕も、人のこと言えないけど。
 名前を呼ばれて診療室らしき部屋に入ると、白衣を着た無精髭のおじさんがいた。袖からチラリと桜の入れ墨が見える。
「遊び人のきんです。気軽にきんちゃんって呼んでちょうだいね」
 遊び人? 何なんだこの人は。よくわからないけど、柔らかい雰囲気で僕は和んだ。
「よろしく、きんちゃん」
「さっそく呼んでくれてサンキュー。ところで、どこか悪いところがあるのかい?」
 きんちゃんは問いかけたけど、別に悪いとこなんてない。しいていえば、肩に力が入りすぎてしまうことくらい。
 答える前に、きんちゃんは僕の身体を触り始めた。「ここでもない、違うなぁ」と、きんちゃんはつぶやきながら、下半身から上半身にかけて触っていく。そして、僕の肩を触った、そのとき。
「ここだぁ!」と、声を上げ、きんちゃんはいきなり、僕の肩を激しく揉み出した。すると肩から、ニュルニュルと糸が出てきた。
「これは緊張の糸って言ってね、肩の力が入りすぎちゃう原因なんだ。今からきんちゃんがこの糸を切ってあげるよ」
 そう言うときんちゃんは、どこにでもありそうな普通のハサミで糸を切った。その瞬間、驚くほど肩の力が抜けた。むしろ力が入らない。きんちゃんはすぐに糸を結ぶと、ほどよく肩に力が入った。
「良い感じにゆるく結んどいたから、もう大丈夫。このゆるみを遊びって言うんだ。
 きんちゃんはねぇ、緊張の糸を切って遊びができるように結ぶ、遊び人なんだ。身体のどこかに力が入りすぎて困ったときは、きんちゃんのとこにおいで」
 きんちゃんは白目まじりのウインクをすると、糸は掃除機のコードをしまうみたいに、肩に吸い込まれていった。

 大会当日。スタメンを外れた僕は、試合終盤に代打で逆転のタイムリーを放ち、勝利に貢献した。ほどよく肩の力が抜けたおかげだ。
 次の試合からはレギュラーに復帰。僕は打ちまくり、守備でもファインプレーを連発。チームは決勝戦へと進んだ。
 けど、いざ決勝戦が始まってみると、今までにない重圧か、肩に力が入り、凡ミスを連発。きっと糸が張っているのだ。
 僕は試合中、トイレに行くフリをしてベンチを離れ、肩を揉んで糸を出す。きんちゃんが結んだ遊びは、ぴーんと張っていた。遊びができるよう結び直してみたけど、うまくいかない。力が入りすぎたり、入らなさすぎたり、うまく調整できない。だから僕は、力が入りすぎるよりかはマシだと思い、結び目に思い切り遊びを入れた。
 その後はヘナヘナと力のないプレーが続き、監督はお冠。チームも負けている。
 そして最終回、一打サヨナラの場面で、僕に打順が回った。
「どうしよう、どうしよう」
 思うように肩に力が入らない。とぼとぼと打席に向かう、そのとき。
 客席から「とーうっ!」と、誰かが飛んできた。きんちゃんだ。審判は「部外者は入らないで」と注意しに行ったけど、きんちゃんの袖から見える桜の入れ墨を見て、大人しく戻った。
 きんちゃんは僕の肩を揉んで糸を出した。
「遊びすぎると締まりがなくなる。締まりすぎてもよくない。大事なのはほどよい遊びなのさ」
 そう言ってきんちゃんが結び直してくれると、ほどよく肩に力が入った。
「ありがとう、きんちゃん」
「おう! 行ってこい!」
 きんちゃんが背中を押す。
 僕が打った打球は、綺麗な放物線を描いて、サヨナラホームランになった。
 ダイヤモンドを一周する間、チームメイトから拍手と歓声が飛ぶ。なんだか嬉しくなり、顔がトロけるように緩んだ。
「あとで顔の緊張の糸を思い切り締めてやらないとな」
 きんちゃんは笑いながらそう言うと、チームメイトと一緒にホームベースへ向かった。
(了)