第16回「小説でもどうぞ」選外佳作 遊びの会/ナラネコ
第16回結果発表
課 題
遊び
※応募数206編
選外佳作
「遊びの会」
ナラネコ
「遊びの会」
ナラネコ
「それでは、明日からお願いします。場所はこの地図の通りです。何をやってもらうかはこちらで指示しますので、よろしく」
マネージャーの木村という男から話を聞き、俺は部屋を出た。それにしても奇妙なアルバイトがあったものだ。七十を過ぎて一人暮らし。貯金もなく年金だけでは心もとないので、いい仕事を探していた俺の目に入ったのがこんな求人広告だった。
――七十歳以上の健康な男性を求む。時給三千円超。委細面談――
七十歳以上限定で、時給は相場の倍以上とは妙だ。訝しく思いながら、面接場所に行くと、報酬につられた老人たちが列をなしている。こりゃダメだと思っていたが、何と採用になった。思い返せば変な面接だった。特技や資格、職務経験は聞かれず、子ども時代の遊びを聞かれた。昔の遊びと言えば、外ではかくれんぼに鬼ごっこ、ベーゴマ、メンコ、草野球。室内では双六にカルタといったところだが、俺はなんでもやった。面接を担当したのは木村だったが、そんな雑談に終始していたので、てっきり落ちたと思っていたら、採用の電話がきたのだった。
話を聞くと、この会社が運営しているのは「遊びの会」という高齢者向けの会員制クラブだった。世間で功成り名を遂げ、大人の遊びに飽きた人間が、童心に還って子ども時代の遊びに興じるという趣向。会費は目の玉が飛び出るほど高い。それでも入会者が引きも切らないというから、金持ちは酔狂だ。アルバイトの仕事は、メンバーが足りない時、会員という体で中に入って遊ぶとのことだ。
「遊びの会」は街から出て、山の方に入った場所にあった。昔の小学校のような建物だ。運動場があり、隅に二宮金次郎の像が立っている。子どもの遊び場の雰囲気を出すため、レトロな作りにしているのだろう。裏口から控室に入ると、ソファが置かれていた。お呼びがあるまで、くつろいでいていいらしい。
ソファに座りコーヒーなど飲んでいると、早速業務用の携帯にメールが入った。運動場にとの呼び出しだ。体操服を着て、建物の裏手にある運動場に行く。
二宮金次郎の横に集まっていたのは三人の老人たち。バットとテニスの軟球がある。そう言えば、小学生の頃は、柔らかいテニスボールを使って草野球をやったものだ。だが、俺を入れて四人では三角ベースもできない。
「四人集まったからタイコでもやろうや」
三人の中でいちばん背の高い白髪頭が声を掛けてきた。あとの二人も乗り気のようだ。
昔やっていた遊びに、少人数でもできる太鼓ベースというものがあった。四人の場合は、それぞれが投手、捕手、打者、野手になる。打者が打ったボールを野手が捕る。その位置から捕手のいる場所まで投げ、捕球できたらアウトで攻撃終わり。捕球できなかったら1点入り攻撃が続くといった遊びだ。単純なゲームだが、やってみると面白い。俺はこの手の遊びが得意だったので、終わってみれば四人の中で、断然トップだった。
二時間ほど汗を流して遊ぶと爽快な気分だ。童心に還って遊ぶというのはこれほど心が解放されるのかと思うと、高い会費を払って入会する老人がいるのもうなずける。
控え室に戻り昼食を食べ終わった頃に、木村がやって来て、声を掛けてきた。
「どうですか。半日やってみて」
「いや、皆さんと一緒に遊んで、報酬もいただいて、こんないい仕事はありませんよ」
木村は少し考えていたが、
「それは何よりです。ですが、ちょっとお願いしたいことがあるんです」
「それは何ですか」
「ここの会員さんは、世間で成功された方が多いんでね。皆さん負けず嫌いなんですよ。ちょっとした遊びでも負けたら機嫌が悪い。ビリにでもなった日は最悪ですよ」
「すると、われわれアルバイトは、会員の遊びに入る時、わざと負けろと」
「お察しの通りです。会員のみなさんに楽しんで帰っていただくのがモットーなんでね。そのあたり、うまくお願いしますよ」
なるほど、それがバイトの役割だったのか。気楽に遊んでいればいいと思って喜んでいたが、報酬を貰っている以上しかたない。
午後は昔よくやったメンコ遊び。やり始めたら熱くなる遊びだ。俺はこれも得意で、よく札を総取りしたものだ。だが、勝ってはいけないのでわざと負けた。こんなふうにして一日が終わると気分が萎える。バイト代が高い理由が分かった。たとえ遊びにしても、負け続けるのはストレスがたまるのである。
俺はそのバイトを半年続けた。バイトをやめたのは、気まぐれに買った宝くじが当たり、数億円と言う大金が手に入ったからだった。
大金を手にした俺が最初にやったことは、「遊びの会」に入会することだった。ここで奴らに半年分の借りを返さなければ。
(了)
マネージャーの木村という男から話を聞き、俺は部屋を出た。それにしても奇妙なアルバイトがあったものだ。七十を過ぎて一人暮らし。貯金もなく年金だけでは心もとないので、いい仕事を探していた俺の目に入ったのがこんな求人広告だった。
――七十歳以上の健康な男性を求む。時給三千円超。委細面談――
七十歳以上限定で、時給は相場の倍以上とは妙だ。訝しく思いながら、面接場所に行くと、報酬につられた老人たちが列をなしている。こりゃダメだと思っていたが、何と採用になった。思い返せば変な面接だった。特技や資格、職務経験は聞かれず、子ども時代の遊びを聞かれた。昔の遊びと言えば、外ではかくれんぼに鬼ごっこ、ベーゴマ、メンコ、草野球。室内では双六にカルタといったところだが、俺はなんでもやった。面接を担当したのは木村だったが、そんな雑談に終始していたので、てっきり落ちたと思っていたら、採用の電話がきたのだった。
話を聞くと、この会社が運営しているのは「遊びの会」という高齢者向けの会員制クラブだった。世間で功成り名を遂げ、大人の遊びに飽きた人間が、童心に還って子ども時代の遊びに興じるという趣向。会費は目の玉が飛び出るほど高い。それでも入会者が引きも切らないというから、金持ちは酔狂だ。アルバイトの仕事は、メンバーが足りない時、会員という体で中に入って遊ぶとのことだ。
「遊びの会」は街から出て、山の方に入った場所にあった。昔の小学校のような建物だ。運動場があり、隅に二宮金次郎の像が立っている。子どもの遊び場の雰囲気を出すため、レトロな作りにしているのだろう。裏口から控室に入ると、ソファが置かれていた。お呼びがあるまで、くつろいでいていいらしい。
ソファに座りコーヒーなど飲んでいると、早速業務用の携帯にメールが入った。運動場にとの呼び出しだ。体操服を着て、建物の裏手にある運動場に行く。
二宮金次郎の横に集まっていたのは三人の老人たち。バットとテニスの軟球がある。そう言えば、小学生の頃は、柔らかいテニスボールを使って草野球をやったものだ。だが、俺を入れて四人では三角ベースもできない。
「四人集まったからタイコでもやろうや」
三人の中でいちばん背の高い白髪頭が声を掛けてきた。あとの二人も乗り気のようだ。
昔やっていた遊びに、少人数でもできる太鼓ベースというものがあった。四人の場合は、それぞれが投手、捕手、打者、野手になる。打者が打ったボールを野手が捕る。その位置から捕手のいる場所まで投げ、捕球できたらアウトで攻撃終わり。捕球できなかったら1点入り攻撃が続くといった遊びだ。単純なゲームだが、やってみると面白い。俺はこの手の遊びが得意だったので、終わってみれば四人の中で、断然トップだった。
二時間ほど汗を流して遊ぶと爽快な気分だ。童心に還って遊ぶというのはこれほど心が解放されるのかと思うと、高い会費を払って入会する老人がいるのもうなずける。
控え室に戻り昼食を食べ終わった頃に、木村がやって来て、声を掛けてきた。
「どうですか。半日やってみて」
「いや、皆さんと一緒に遊んで、報酬もいただいて、こんないい仕事はありませんよ」
木村は少し考えていたが、
「それは何よりです。ですが、ちょっとお願いしたいことがあるんです」
「それは何ですか」
「ここの会員さんは、世間で成功された方が多いんでね。皆さん負けず嫌いなんですよ。ちょっとした遊びでも負けたら機嫌が悪い。ビリにでもなった日は最悪ですよ」
「すると、われわれアルバイトは、会員の遊びに入る時、わざと負けろと」
「お察しの通りです。会員のみなさんに楽しんで帰っていただくのがモットーなんでね。そのあたり、うまくお願いしますよ」
なるほど、それがバイトの役割だったのか。気楽に遊んでいればいいと思って喜んでいたが、報酬を貰っている以上しかたない。
午後は昔よくやったメンコ遊び。やり始めたら熱くなる遊びだ。俺はこれも得意で、よく札を総取りしたものだ。だが、勝ってはいけないのでわざと負けた。こんなふうにして一日が終わると気分が萎える。バイト代が高い理由が分かった。たとえ遊びにしても、負け続けるのはストレスがたまるのである。
俺はそのバイトを半年続けた。バイトをやめたのは、気まぐれに買った宝くじが当たり、数億円と言う大金が手に入ったからだった。
大金を手にした俺が最初にやったことは、「遊びの会」に入会することだった。ここで奴らに半年分の借りを返さなければ。
(了)