第16回「小説でもどうぞ」選外佳作 あの世で踊ろや、テネシーワルツ/宗澤香音
第16回結果発表
課 題
遊び
※応募数206編
選外佳作
「あの世で踊ろや、テネシーワルツ」
宗澤香音
「あの世で踊ろや、テネシーワルツ」
宗澤香音
最初はなんとも思わなかったの、ただ美味しいものが食べたくて、お店に出ていたのだけれども、いつの間にあの人ったらハムやらケーキやら地面に落としてくれるから、わたし感激しちゃって。食べてそのまま寝たわ。お店の床でね。知ってる? お店の床って案外あったかいのよ。夜中になっても人の熱気であっためられているの。そのままあの人の女になろうと思ったけれど、オーナーがいるし、わたしはお店の看板娘だから、なかなか難しかったの。けれどね、おめかしをして、少しでもあのひとに見染めてもらうと必死だったわぁ。
ボーイたちは裏では好き放題やりたい放題ね。彼らがお店を閉める当番のときは、外から友達を呼んでくるの。閉店後のお店でお客さんが座るソファに足をかけてカクテルを作ってパーティーをするの。わたしはそんな馬鹿げたものは参加しなかったけれど、いろんな男がわたしのところに近づいてきたわ。そっぽを向いたりしたら、彼らは散々、わたしのこと馬鹿にするの。可愛くないだとか、足が短いだとか。構うものですか。わたしは甘っちょろい、アヒルちゃんみたいな、つけまつげの女たちとは違うんですからね。わたしはこの店がオープンした時からずっといるのよ。若さなんていつかなくなってしまうんですから。
オーナーが倒れて店は閉まることになった。町中の男と女がやってきて、お店の骨董品をみんな好き好きに持ち帰ったわ。みんな、一流しか立つことのできない舞台に土のついた靴であがって、踊り狂ったの。それは本当に楽しい時間だったけれど、空っぽの寂しいお店にはたった一人、わたしだけが残された。来る日も来る日も、冷蔵庫の奥にあるソーセージを食べて凌いで、ついには何もなくなってしまった。あんなに楽しかった夜も遠くで響いているだけ。壁や床に染み付いた男女のステップがわたしを慰めて、わたしはいつか立ってみたかった舞台の前にいたの。そこに上がって、誰もみていないダンスを尻尾を振ってくるくる踊った。そしたら、あなたがきたの。あなたは美味しいものを一つも持っていなかったことは、鼻が利くからすぐにわかったわ。わたしはあなたの引きずった足にまとわりついて、あなたの赤黒い手を舐めたわ。そして気がすむまで、一緒に踊ったの。
わたしは喜んであなたに攫われた。もう貧しい思いはしたくないってね。あなたの家には舞台もシャンデリアもなかったけれど、わたしは満たされていた。あなたは他の男みたいに首輪をつけなかったし、いつも音楽を聞かせてくれた。わたしは幸せだったの。美味しいものも、華やかものがひとつもなくても、この世にたった一人の踊り相手を見つけたんだもの。けれど、今やわたしは踊ることも立ち上がることもできない。みんなみんな過ぎていった。若さも恋も人生も。今は真っ白くぼやけた目であなたのことを探すことしかできないの。お家の中なのに、寒くて寒くて仕方がないし、お腹が痛くて何にも食べられないけれど、あなたの手の平に乗ったソーセージだったら、食べてしまう。ねぇ、あなた、あの世に行ったら、わたしと踊ってくれるかしら。わたしはあなたと同じ目線で立って、あなたの足はステップが踏めるように治るかしら。きっとそうなるといいわ。あなたが死んだら、わたしを見つけてね。わたしの体を撫でて触ってね。今でも夜のざわめきが耳の内で響いているのよ。
(了)
ボーイたちは裏では好き放題やりたい放題ね。彼らがお店を閉める当番のときは、外から友達を呼んでくるの。閉店後のお店でお客さんが座るソファに足をかけてカクテルを作ってパーティーをするの。わたしはそんな馬鹿げたものは参加しなかったけれど、いろんな男がわたしのところに近づいてきたわ。そっぽを向いたりしたら、彼らは散々、わたしのこと馬鹿にするの。可愛くないだとか、足が短いだとか。構うものですか。わたしは甘っちょろい、アヒルちゃんみたいな、つけまつげの女たちとは違うんですからね。わたしはこの店がオープンした時からずっといるのよ。若さなんていつかなくなってしまうんですから。
オーナーが倒れて店は閉まることになった。町中の男と女がやってきて、お店の骨董品をみんな好き好きに持ち帰ったわ。みんな、一流しか立つことのできない舞台に土のついた靴であがって、踊り狂ったの。それは本当に楽しい時間だったけれど、空っぽの寂しいお店にはたった一人、わたしだけが残された。来る日も来る日も、冷蔵庫の奥にあるソーセージを食べて凌いで、ついには何もなくなってしまった。あんなに楽しかった夜も遠くで響いているだけ。壁や床に染み付いた男女のステップがわたしを慰めて、わたしはいつか立ってみたかった舞台の前にいたの。そこに上がって、誰もみていないダンスを尻尾を振ってくるくる踊った。そしたら、あなたがきたの。あなたは美味しいものを一つも持っていなかったことは、鼻が利くからすぐにわかったわ。わたしはあなたの引きずった足にまとわりついて、あなたの赤黒い手を舐めたわ。そして気がすむまで、一緒に踊ったの。
わたしは喜んであなたに攫われた。もう貧しい思いはしたくないってね。あなたの家には舞台もシャンデリアもなかったけれど、わたしは満たされていた。あなたは他の男みたいに首輪をつけなかったし、いつも音楽を聞かせてくれた。わたしは幸せだったの。美味しいものも、華やかものがひとつもなくても、この世にたった一人の踊り相手を見つけたんだもの。けれど、今やわたしは踊ることも立ち上がることもできない。みんなみんな過ぎていった。若さも恋も人生も。今は真っ白くぼやけた目であなたのことを探すことしかできないの。お家の中なのに、寒くて寒くて仕方がないし、お腹が痛くて何にも食べられないけれど、あなたの手の平に乗ったソーセージだったら、食べてしまう。ねぇ、あなた、あの世に行ったら、わたしと踊ってくれるかしら。わたしはあなたと同じ目線で立って、あなたの足はステップが踏めるように治るかしら。きっとそうなるといいわ。あなたが死んだら、わたしを見つけてね。わたしの体を撫でて触ってね。今でも夜のざわめきが耳の内で響いているのよ。
(了)