第17回「小説でもどうぞ」選外佳作 家くん/秋谷りんこ
第17回結果発表
課 題
家
※応募数253編
選外佳作
「家くん」
秋谷りんこ
「家くん」
秋谷りんこ
意識が芽生えたとき、僕は建築中だった。仲の良さそうなご夫婦とかわいい息子くんが何度も見に来てくれた。僕は完成が楽しみだった。これからこの家族が僕に住んでくれる。どきどきするだろ? 僕は完成し、家族が引っ越してきた。僕の中でお父さんとお母さんはくつろぎ、息子くんはすくすくと育った。
それから何年かして、僕の向かいにアパートさんが建った。アパートさんは、いろんな家族が入居してくれて、嬉しそうだった。
「アパートさん、僕は家です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」
ある夜、息子くんが突然僕を飛び出していった。お父さんと喧嘩していたみたい。人間の言葉はわからないけれど、それを見ていたアパートさんが「反抗期ね」と言った。人間には、反抗期という時期があるらしい。人間って大変だなと思った。息子くんが僕を飛び出して少しすると、お母さんがこっそり追いかけていった。迎えに行くみたい。
それから月日は流れ、息子くんはすっかり大人っぽくなっていった。そして大学に行くことをきっかけに僕を出て行った。お父さんは仕事で忙しいし、お母さんもパートを始めた。僕はひとりでいる時間が増えていった。
「アパートさん、あなたはいつも誰かいるからいいですね」
「そうね。でも入居者の出入りが多いから、家くんみたいに長い年月住んでもらえることはあまりないわよ」
「ああ、そうですね。どっちが幸せかなんて、わかりませんね」
僕が言うと、アパートさんは静かに笑った。
「誰かに住んでもらえれば、それだけで私たちは幸せなんじゃない?」
アパートさんは、僕より築年数が若いのに、落ち着いているな、と思った。
お父さんとお母さんの二人の暮らしは、穏やかで優しい時間だった。長い年月を二人で過ごしていた。しかしある日、お父さんが帰ってこなくなった。すっかり大人になった息子くんが、お母さん一人を連れて僕に来た。
「お父さんは亡くなったのかもしれないわね」
アパートさんが言った。
「人は死んでしまうと、家には帰ってこられないから」
お母さんが一人になってしまって本当に静かだった。大きな悲しみに包まれていた。お母さんは、僕から全然でなくなった。
ある日、息子くんが迎えにきてお母さんが出かけていった。久しぶりに外出するのか、と思って嬉しい気がした。少しでも気晴らしができるといい。でも、お母さんは帰ってこなかった。そのかわり、知らない人がたくさんやってきて、僕から家具や家電をどんどん運び出していった。僕は、すっかり空っぽになった。
「アパートさん、僕、空っぽになってしまったよ」
話しかけたけれど、アパートさんは気まずそうに目をそらした。さらに驚くことに、たくさんの重機がやってきて、僕を取り壊し始めた。
「アパートさん、今までどうもありがとう」
声をかけると、アパートさんは泣いているみたいだった。
「お元気でね。僕はもう取り壊されるみたいだから」
「うう……家くんのこと、忘れないから」
お母さんと息子くんが、この先もどこかで幸せに暮らしますように。そのことを祈りながら、僕は意識を失った。
「家くん! 家くん!」
どれほど眠っていただろう。僕を呼ぶ声に目を覚ますと、アパートさんがいた。
「あれ、アパートさん」
「大丈夫? 意識は戻った?」
「うん。ずいぶんと長いこと眠っていたようだ。あれ、僕取り壊されたんじゃないのか?」
僕は、なんと建築中だった。
「家くん、あなた建て替えられたのよ!」
「え!」
「私、ずっと見ていたの。つらかったけど家くんの最期を見届けようと思って。そしたら、取り壊したあとにまた家くんが建っていくじゃない!」
なんてことだ! 僕はまた家として生まれることができたんだ! そこへ聞き覚えのある声が聞こえてくる。お母さんと息子くんだ! 良かった、お母さんも笑っている。
僕は完成した。前の僕よりきれいで広くなった。そして、お母さんと息子くんと息子くんの家族がみんなで引っ越してきた。僕は二世帯住宅に生まれ変わった。僕は嬉しくて涙がでた。それをみたアパートさんが「あんまり泣くとカビちゃうわよ」と嬉しそうに笑った。僕はしみじみ、僕の新築の匂いを吸い込んだ。
(了)
それから何年かして、僕の向かいにアパートさんが建った。アパートさんは、いろんな家族が入居してくれて、嬉しそうだった。
「アパートさん、僕は家です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」
ある夜、息子くんが突然僕を飛び出していった。お父さんと喧嘩していたみたい。人間の言葉はわからないけれど、それを見ていたアパートさんが「反抗期ね」と言った。人間には、反抗期という時期があるらしい。人間って大変だなと思った。息子くんが僕を飛び出して少しすると、お母さんがこっそり追いかけていった。迎えに行くみたい。
それから月日は流れ、息子くんはすっかり大人っぽくなっていった。そして大学に行くことをきっかけに僕を出て行った。お父さんは仕事で忙しいし、お母さんもパートを始めた。僕はひとりでいる時間が増えていった。
「アパートさん、あなたはいつも誰かいるからいいですね」
「そうね。でも入居者の出入りが多いから、家くんみたいに長い年月住んでもらえることはあまりないわよ」
「ああ、そうですね。どっちが幸せかなんて、わかりませんね」
僕が言うと、アパートさんは静かに笑った。
「誰かに住んでもらえれば、それだけで私たちは幸せなんじゃない?」
アパートさんは、僕より築年数が若いのに、落ち着いているな、と思った。
お父さんとお母さんの二人の暮らしは、穏やかで優しい時間だった。長い年月を二人で過ごしていた。しかしある日、お父さんが帰ってこなくなった。すっかり大人になった息子くんが、お母さん一人を連れて僕に来た。
「お父さんは亡くなったのかもしれないわね」
アパートさんが言った。
「人は死んでしまうと、家には帰ってこられないから」
お母さんが一人になってしまって本当に静かだった。大きな悲しみに包まれていた。お母さんは、僕から全然でなくなった。
ある日、息子くんが迎えにきてお母さんが出かけていった。久しぶりに外出するのか、と思って嬉しい気がした。少しでも気晴らしができるといい。でも、お母さんは帰ってこなかった。そのかわり、知らない人がたくさんやってきて、僕から家具や家電をどんどん運び出していった。僕は、すっかり空っぽになった。
「アパートさん、僕、空っぽになってしまったよ」
話しかけたけれど、アパートさんは気まずそうに目をそらした。さらに驚くことに、たくさんの重機がやってきて、僕を取り壊し始めた。
「アパートさん、今までどうもありがとう」
声をかけると、アパートさんは泣いているみたいだった。
「お元気でね。僕はもう取り壊されるみたいだから」
「うう……家くんのこと、忘れないから」
お母さんと息子くんが、この先もどこかで幸せに暮らしますように。そのことを祈りながら、僕は意識を失った。
「家くん! 家くん!」
どれほど眠っていただろう。僕を呼ぶ声に目を覚ますと、アパートさんがいた。
「あれ、アパートさん」
「大丈夫? 意識は戻った?」
「うん。ずいぶんと長いこと眠っていたようだ。あれ、僕取り壊されたんじゃないのか?」
僕は、なんと建築中だった。
「家くん、あなた建て替えられたのよ!」
「え!」
「私、ずっと見ていたの。つらかったけど家くんの最期を見届けようと思って。そしたら、取り壊したあとにまた家くんが建っていくじゃない!」
なんてことだ! 僕はまた家として生まれることができたんだ! そこへ聞き覚えのある声が聞こえてくる。お母さんと息子くんだ! 良かった、お母さんも笑っている。
僕は完成した。前の僕よりきれいで広くなった。そして、お母さんと息子くんと息子くんの家族がみんなで引っ越してきた。僕は二世帯住宅に生まれ変わった。僕は嬉しくて涙がでた。それをみたアパートさんが「あんまり泣くとカビちゃうわよ」と嬉しそうに笑った。僕はしみじみ、僕の新築の匂いを吸い込んだ。
(了)