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第4回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 プリウス・ミサイル/貝塚歳三

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結果発表
W選考委員版「小説でもどうぞ」第4回「老い」選考会&結果発表
第4回結果発表
課 題

老い

※応募数344編
「プリウス・ミサイル」
貝塚歳三

 今日は妻との結婚五十年の節目の日だ。世間では金婚式と言うらしい。私は日頃の感謝を込めて妻へのプレゼントを買うことにした。
 よくわからない色とりどりの宝石が散りばめられたブローチを購入した私は、家路につくべく足早に駐車場に戻る。そのまま車を動かそうとした時だ。
 ブレーキペダルを踏むと、どういうわけか車は前へと急発進した。そのまま店先のガラス張りの壁へ衝突する。
「キャーッ‼」
 店内と駐車場の両方から悲鳴がこだました。
 どうやら私はブレーキとアクセルを踏み間違えてしまったらしい。巷には聞いていたが、まさか私がやる羽目になるとは……。
「おい、じーさん! 何てことしてくれるんだ!」近くにいた店員と思しき男が叫ぶ。
「すまない、今警察を呼ぶから……」
 けが人がいないのがせめてもの救いだ。そう思い、110通報を済ませる。
 妻や娘にも連絡しないとな、と思ったとき、その娘から電話がかかってきた。
「今電話しようとしていたんだ。実は――」
『お父さん大変よ! お母さんが危篤なの!』
「……本当か?」
『早く来て! お母さん会いたがってるよ!』
「でも今私は――」
 車で店に突っ込んで警察待ちの状況だと説明しようとしたが、その前に私は妻の顔を思い浮かべた。
 結婚から五十年。今までともに苦難を乗り越えてきた最愛の妻が、今死んでしまうかもしれないのだ。
 この店に突っ込んだことなど些細なことではないのか?
 こんなことで妻の死に際に立ち会えなかったとしたら、この先後悔するのではないか?
 私のやるべきことは決まっている。
「――いや、なんでもない。今すぐ行くから」
 娘からの電話を切ると、私は車のエンジンを掛けなおした。今度こそペダルを間違えず、バックで店内から車を出す。
「おいじーさん、トンズラする気じゃねーだろうな?」店員の男が睨みつけてきた。
「すまないとは言っておこう。だが私にはいくべき場所があるんだ」
 猛スピードのバックで店から遠ざかり、追ってくる野次馬たちを尻目に爆速のUターンで駐車場を後にする。運悪くそのタイミングでパトカーが現場に駆けつけてきた。耳をつんざくようなサイレンの音を鳴らして私の車へ追いすがってくる。
 パトカーから響く制止の声を聞き流しながら、私の車は首都高に突入した。そのまま順路に従って進んでいくと……。
「どういうことだ? パトカーが追ってこなくなったぞ」
 不自然なのはパトカーが追ってこないことだけではない。
 なんと前から複数の車が逆走してくるではないか! 私の車を目前にして、逆走車両たちはクラクションを鳴らしながら右車線へと逸れていく。危険極まりない。
 そんなこんなで妻のいる病院近くまでやってきた時、またもや前からやってきた逆走車が勢いそのまま私の車に迫って――。
「前から車がッ――‼」
 そう叫ぶより早く、私は車ごと吹き飛ばされる。ついには空中分解した車から、私は宙へと投げ出された。首都高の横に建つ病院の窓へ向かって、一直線に――。
 がしゃーん! と、派手に窓が割れる音とともに、私は妻のいる病室へ到着した。
 今にも息絶えそうな顔色ながら、驚きのあまり目を見開いて口をパクパクさせる妻の姿が見える。私は間に合ったのだ。
 懐からブローチを取り出して、私は言った。
「いつもありがとう」

「――という夢を昨夜見てな」
「あらまあ。やっぱりそろそろ免許をお返ししたほうが良いんじゃありませんか? きっと仏様からのお達しですよ」
 私と妻は昼ごはんを終えて、緑茶を飲んでいた。夢の内容とは違って、妻は危篤どころか無病息災である。
「何を言うか。もしばあさんの身に何かあったら、車がないと駆けつけられないだろう? まだ車は当分必要なんだよ」
(了)