第4回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 ジェットコースター/吉岡和雄
第4回結果発表
課 題
老い
※応募数344編
選外佳作
「ジェットコースター」
吉岡和雄
「ジェットコースター」
吉岡和雄
私は、今年、定年退職を迎えた。私には、長年連れ添った妻がいる。
「どこか、二人で行ってみないか?」
と私が妻に尋ねたら、東京に行きたいと言った。東京は、若い頃二人で一回だけ行ったことがある。
「あれから、何年たったかしら。東京も随分変わったでしょうね」
と妻は言った。
昔は、東京まで行くのに、随分かかったが、今は新幹線で二時間半だ。妻は、久しぶりに新幹線に乗ったので、少女のようにはしゃいだ。
東京に着き、妻と私は、はとバスに乗った。皇居にも行った。都庁も見に行った。東京スカイツリーにも昇った。ほとんど変わっていないところもあれば、大きく変わったところもあった。旅行の計画の最後の日が終わったとき、妻が言った。
「私、どうしても行きたくなったところがあるの」
聞いてみると、東京の郊外にある遊園地だ。
「年寄りが行っちゃいけないという決まりもないでしょう」
と、妻は続けて言った。
妻と私は、その遊園地に行った。
「何乗りたいの?」
「ジェットコースター」
「えっ、ジェットコースター?」
私は驚いた。怖いからどうしても乗りたくないと言っていた乗り物だからだ。
「挑戦してみたいの」
と妻は、続けて言った。
妻と私は、ジェットコースターに乗った。係員が、安全ベルトを締め、安全確認をすると、ガタンゴトンと音を立ててジェットコースターは出発した。正にスリル満点だった。昇ったときの爽快感、降りるときの恐怖感、それが、交互にやってきた。皆絶叫していた。妻も私も、自分たちの年を忘れて大きな声で叫んだ。
一番高いところまでジェットコースターが昇りきったときであった。ジェットコースターは、降りないでそのまま昇り続けた。
「あら、東京の遊園地ってすごいのね。ジェットコースターが、宙に浮いちゃった」
と妻は、驚いて言った。
ジェットコースターは宙に浮いた後、空を飛んだ。眼下に東京の街並みが見える。はとバスで行ったところが、次々と現れた。妻はそのたびに歓声を上げた。
そうこうしていると、ジェットコースターは、雲を突き切ってある広いところに着いた。そこは広い公園で、芝生が広がり、様々な木々が生い茂っていた。
妻と私が、大きな木の木陰で休んでいると、一人の若い女性が、まだ小さな可愛い女の子の手を引いてこちらに来た。
「あら、お父さん、来てくれたの。しばらくぶりね」
と、その女性はニッコリ微笑んで言った。
二十数年前のことだ。妻と私の間に待望の第一子が生まれた。その子は女の子であったが、小学二年生のときに、名前などほとんど知られていない難病に罹った。なかなか快方に向かわず、妻と私は、いい医者がいると聞いた東京の病院に娘を連れて行った。
しかし、治癒せず、娘は死んでしまった。死ぬ間際、娘は言った。
「お父さん、二十年たったら会いましょう」
「ああ、会おうな」
「約束よ、お空で」
私は涙が出た。今私は娘との約束を果たしたのだ。娘は素敵な女性に成長してお母さんになっている。
「お父さん、何故泣いてるの?」
「だっておまえ、二十年前に死んだおまえにこうして会えたんだもの」
と私は、溢れる涙を拭って言った。それを聞いた娘は、ケラケラと笑った。
「お父さん、何馬鹿なことを言ってるの。私、死んだことなんかないわよ。お父さんにここまで育ててもらったんじゃないの」
二人の会話を聞いて、妻は笑った。でもしかしそれは、少し悲しそうな笑い方だった。
「お母さん、お父さんの認知症、大分進んでいるようね」
「そうなの、この頃、妄想も表れたりしてるの」
と妻と娘がひそひそと話しているのが耳に入った。
私は、周りを見渡してみた。そこは、娘家族の家の一室で、芝生と思ったのは、緑色の絨毯だった。テレビがついていて、ある遊園地で、ジェットコースターの脱線事故があり、多くの死傷者がでたという報道をしていた。その中に、今年定年退職した男とその妻がいるとのことだった。
(了)