第18回「小説でもどうぞ」佳作 噂話の百物語会/藤岡靖朝
第18回結果発表
課 題
噂
※応募数273編
「噂話の百物語会」
藤岡靖朝
藤岡靖朝
私は主にサブカルチャーの話題を扱うマイナー系の雑誌の編集をしている。オカルト話や怪談の世界では百物語というジャンルが昔からあった。これは数人から十数人が明かりを消したひとつの部屋に集まり、中央に立てた一本のロウソクの火の下で参加者が一人ずつ怪談話をしてゆき、最後の話が終わったときロウソクを吹き消すとそこに何か怪異現象が現れるというもので、私も何度か取材を兼ねて参加をしたが、たいてい大したことは起こらず、少し照れた苦笑いを交わしながら散会するのが常だった。
ある日、ひょんなことから噂話の百物語会が開かれるとの情報が入ってきたので、どういったものか興味もあり、出かけることにした。
着いたところは小さなビルの一室で、中には十人ほどの男女が集まっていた。ふつうに電気がついていて特に変わった様子はない。
しばらくすると、会の主催者なのか仕切り役らしい五十代くらいの男性がこう告げた。
「定刻になりましたので、それでは席の順に端の方からお話を始めてください」
こうして噂話の百物語会は幕を開けた。
最初は学生らしい若い男性が口を開いた。
「あのぅ、自分はちゃんと入試を受けて合格してるんですけどぉ、なんか陰で理事長に裏金を渡して入れてもらったんだろう、なんてウワサが広がってて周りの視線がすごい気になるんです」
この話に誰かがコメントをすることもなく隣の女子高生が続いた。
「私、駅ナカのモールでM君とバッタリ会って一緒に歩きながら話をしていただけなのに、誰かが見ていたらしく、次の日から学校中に私がM君と付き合っているというウワサが出まわってホントに迷惑しているんです」
どちらも、どこの誰にでもよくある他愛のない噂話だ。こんな日常の雑談話ばかりが延々と続くようではつらいなと思ったが、もう少し辛抱して聞いてみることにした。
今度は中年の女性だ。
「ダイエットにはニンジンがいいっていうのは本当みたいよ。自然の食材だし、栄養成分も充分あるから理想的なんですって。もうニンジンサラダにニンジン茶に、ニンジンカレーよ、一日にニンジン五本ずつ食べているのよ」
次はスーツ姿の男性。
「私は金融関係の仕事をしているが、これはスクープだ。実は凸凹銀行が大口貸付の焦げ付きが重なり、一気に経常収支が悪化して金融破綻状態になっていてアブナイそうだ。近日中に倒産するらしい」
おいおい、これは本当だったらヤバイ話だ。私もその銀行に口座を持っているんだぞ。
続いて、どこか役人っぽい女性。
「文部科学省は少子化対策の一環として高校の授業に男女交際の科目を導入する方針です。同級生の間で無理やりにでもカップルを作り上げて早期に非婚率を劇的に下げ、成り行きで出生率も上げようという狙いです」
この女性の連れと思われる女性。
「女性だけが化粧するのはジェンダー面から好ましくない。これまでソフトな戦略で若い男性に働きかけてきたが、いよいよ欧州では全ての男性に半ば強制的に化粧をさせようとする風潮が広まり、世界に波及するだろう」
その次は学者風の男性。
「富士山の地下でマグマが急速に溜まり出しているのを知っているか。もう噴火が間近なことは間違いない。あまりに影響が大きいので対策など取れないから政府は沈黙を決め込んで〝想定外〟で逃げるつもりらしい」
さらに男性。
「某同盟国の国防省筋からの確かな情報だ。K国がC国の軍事進出を後方支援するためにミサイルを日本の首都東京に打ち込む準備を進めていて、もうすぐにでも実行するそうだ。もちろん核も搭載しているかもしれない」
だんだん看過できない内容になってきた。聞いていて顔が引きつるような感じを覚えた。
最後にひとりの女性がすっくと立ち上がった。なぜか真っ白な着物を着ていて、年齢は不詳、その姿と今までの全員が座ったまま話をしていたので私は少しびっくりしたが、彼女が話し始めたことはもっと驚くべき内容だった。その声は朗々と部屋中に響き渡った。
「皆の者よ。聞くがいい。かくもかように出鱈目を並べ、嘘偽りを重ねて人を傷つけ、世を乱し、真にあらざる法螺話を広めては表で嘲り、陰でほくそ笑む罰当たりの輩どもよ。今こそ真言誠実な神々がここに降臨しませば愚かな人間どもに天罰を与えるべく全ての根拠のない噂話は軒並み真実の出来事と化して人間世界を破滅へ導かんとなすであろう」
私は急に寒気がしてこの場にいるのが恐ろしくなり、とにかくここから逃げ出したいと思い、立ち上がって外へ飛び出した。途端にスマホのミサイル警戒アラートがけたたましく鳴り出した。そして上空には大気を切り裂くような不気味な金属音が……。まさか!
(了)