第18回「小説でもどうぞ」佳作 流れ星/田村恵美子
第18回結果発表
課 題
噂
※応募数273編
「流れ星」
田村恵美子
田村恵美子
「久しぶりにここに来たよ」
そう言いながら中学校の制服姿の圭はブランコに座った。十二月にしては暖かな午後の日差しが、小さな公園に降り注いでいる。
「最近は大丈夫か?」
圭は隣のブランコに座る陸斗に、自販機で買ってきたペットボトルのコーラを一本渡した。
「大丈夫」
陸斗はコーラを受け取りながら答えた。
圭の家族が住むアパートの隣の部屋に陸斗の一家は住んでいる。陸斗は三歳年下だが、似た者同士の二人は気が合い、以前は夜遅くまでこの公園でよく一緒に過ごした。公園には遊具が少なく、時折、犬の散歩をする人が通るくらいで、子どもはいつも圭と陸斗だけだった。
「二か月前の流れ星は、すごかったな」
圭は陸斗の方を向いて話しかけた。陸斗は返事もせずに、コーラの蓋を開けていた。
「火球って言うんだろう。何個もすごかったな。まるで火の玉が降ってきたみたいだったよ」
圭はオーバーなくらい明るく言った。
「世界中のあちこちで、同じようなことが起こっているらしい。まじヤバいよな」
「ふーん」とだけ言うと、陸斗はごくりとコーラを飲んだ。
陸斗は弟のような同士のような存在。圭は陸斗と自分のために強くなろうと柔道部に入った。だがそのせいで、最近は会う機会が減ってしまった。それでも今日は、どうしても聞きたいことがあり、部活をさぼって陸斗に会いに来たのだ。
足早に日が傾き、空気が少し冷たくなってきた。陸斗を見つめながら圭は話を続けた。
「ネットじゃ、あれは流れ星じゃなくて、宇宙人がやってきたんじゃないかって、大騒ぎだよ」
「宇宙人?」
陸斗が目を丸くして、圭の方を見た。
「そう。目的は地球を侵略しようとしているとか、地球人と仲良くなろうとしているとか、地球を壊そうとしている人間を駆除しに来たとか、いろいろと言われているんだ」
痣が消えた陸斗の横顔を圭は刹那見つめた。
「俺はさ、宇宙人は地球を侵略しようとしているんじゃないかって思うんだ」
「しんりゃく?」
「そう、無理やり地球を自分たちのものにして、きっと人間を支配するつもりなんだ」
「宇宙人って、悪い人たちなの?」
陸斗が真剣な顔で言った。
「侵略するんだから、悪いに決まっているさ」
その言葉に陸斗は不機嫌な顔になった。
「宇宙人は人間に寄生するらしい。でも見ただけじゃ寄生されているのか、わからないんだってさ。この町にもすでに宇宙人に寄生された人がいるって、中学校でもみんなが言っている」
そこまで言うと、圭は黙って暮れかかる夕日を見つめた。完全に太陽が沈み、山の稜線がくっきり見え始めると同時に、圭は再び口を開いた。
「最近、おまえんち静かだな」
「父ちゃんは仕事に行き始めたし、母ちゃんもスーパーのパートを始めたから静かなんだ」
陸斗は、圭の方を向きもしないで答えた。
「酒は?」
「二人とも、体に良くないから酒はやめたって」
その答えに圭は胸が熱くなり思わず立ち上がると、陸斗の前に仁王立ちした。すると、きれいに洗濯された陸斗の服から、ふわりと洗剤のいい香りがした。それが余計に圭の心をいらだたせた。
「うちと同じで、おまえんちの父ちゃんも母ちゃんもアル中じゃないか。そんなに簡単に酒がやめられるもんか」
陸斗は口をへの字にして黙っていた。
「噂じゃあ、宇宙人は炭酸飲料が飲めないんだってさ。飲むと体の成分と化学反応を起こして、死んじゃうんだってよ」
陸斗は手元のペットボトルをちらっと見てから、圭を睨んだ。圭は一方的にしゃべり続けた。
「おまえんち、ドアの前までビールの缶が転がっていたのに、一か月前ぐらいからそれがなくなったよな。毎晩のように聞こえていた怒鳴り声や、おまえの悲鳴も聞こえなくなった」
陸斗の顔は青ざめ、落ち着きなく瞳が揺れる。
「この前見かけたおまえの父ちゃんと母ちゃん、優しい顔をしていて、まるで別人みたいだった」
一拍おいて息を吸い、圭は低い声で続けた。
「あの二人は宇宙人だろ」
圭の言葉を聞き終わる間もなく陸斗は立ち上がると、両手で圭を突き飛ばした。突然のことに圭はなすすべもなく、あっけなく後ろに転がった。
「二人は、僕の本当の父ちゃんと母ちゃんだ」
そう叫ぶと、陸斗は後ろも振り返らずに駆け出した。転がったまま圭は呆然と、遠ざかる陸斗の背中を見つめていた。
少し前から、陸斗の家族の楽しそうな笑い声が隣から聞こえていた。陸斗はもう仲間じゃない。俺なんて必要ない。置いてけぼりにされた気分だ。圭は張り裂けそうなほどの孤独に包まれた。
空はすっかり暗くなり、いくつもの星が瞬いている。刺すような寒さより、昨夜、母に煙草の火を押し付けられた背中の方が辛い。滲んだ涙を腕で拭うと、圭は寝ころんだまま流れ星を探した。
(了)