第18回「小説でもどうぞ」佳作 最強の男/ササキカズト
第18回結果発表
課 題
噂
※応募数273編
「最強の男」
ササキカズト
ササキカズト
俺はこの町最強の男だ。強い奴がいると聞けば、片っ端から戦いを挑み、すべてボコボコにしてきた。もうこの町に、俺に敵う奴はいない。旅に出てもっと強い奴と戦おう。この国最強の男となるために。
東に強い奴がいると聞いた。山のような大男で、巨大な岩も軽々と持ち上げるという噂だ。
会いに行った。
確かに大男だったが、巨大な岩を軽々と持ち上げるというのは、ちょっと大げさだった。大き目の石を、やっと持ち上げるという感じだ。
「お前強いか」俺が尋ねる。
「おう」奴が答える。
戦うことになった。
俺もまあ大きいほうなので、奴と組み合ってみた。大した力ではなかった。握力だけで奴をひざまずかせ、土手っ腹に拳を一発お見舞いしてやった。
噂ほどではなかった。
西に強い奴がいると聞いた。筋肉隆々の長身の男で、鋭い回し蹴りは岩をも砕くという噂だ。
会いに行った。
確かに筋肉隆々だったが、回し蹴りが岩をも砕くというのは、ちょっと大げさだった。数枚の板を割るのがやっとという感じだ。
「お前強いか」俺が尋ねる。
「おう」奴が答える。
戦うことになった。
俺は奴の回し蹴りを腕で受け止めてみた。奴はすねを痛がって戦意喪失。俺は奴の目の前で、大きな岩を蹴り割って見せた。奴は驚いて目を丸くし、ペコペコと頭を下げた。
まったく噂ほどではない奴だった。
南に強い奴がいると聞いた。小柄な男で、動きが素早く、攻撃がまったく当たらないという。その動きを見ただけで、誰もが恐怖し、戦う者がいないという噂だ。
いつも真っ白な犬を連れて歩いており、この犬が恐ろしくて、奴に手を出せないのだという噂もあった。
会いに行った。
奴は山奥の小屋に一人で暮らしていた。確かに小柄で、白い犬を飼っていたが、可愛らしい小さな犬だった。
「お前強いか」俺が尋ねる。
「いえ、私は強くなどありません」奴が答える。
戦いを挑むが断られた。
俺は、問答無用で奴の顔面に拳を入れてみた。奴は少し下がり気味にかわしたが、ほんの少し拳が頬にかすった。
「やめましょう」と奴が言った。戦う気がないようだ。
俺はある作戦に出た。
「白くて可愛らしい犬だな」
そう言いながら犬に手をのばすと、犬は俺の指先の匂いをクンクンと嗅いだ。殺気を殺したまま俺は、その犬に軽い平手打ちを食らわせた。俺も動物は嫌いではないので、本当に軽くやったつもりなのだが、その犬は「キャン」と鳴いてよろめいた。
その瞬間、俺の目の前にいたはずの男と犬の姿が消えた。いつの間にか奴は、数メートル遠ざかっており、「素早い」と思ったが、そうではなかった。俺のほうが蹴り飛ばされて後ろに移動していたのだ。巨大な木の幹に、俺は大の字で貼り付いていた。
奴は白い犬の頭をなで、「小屋で待っておいで」と言いい、ちょこちょこと小屋へ入っていく犬の姿を見ていた。俺はろっ骨をやられているようだったが、なんとか立ち上がり、体勢を整えようとした。
「動物をいじめる人は許しません」
突然誰かの声が、頭の中に聞こえた。と、思ったが違っていた。いつの間にか奴が俺の真横にいて、耳元でささやいていたのだ。
次に、俺がボコボコに打ちのめされたのだと理解したのは、それから三日後のことだ。知らない老人に助けられたようだ。奴が俺を山のふもとの村まで運び、この老人に金を払い、世話を頼んだのだという。
普通に生活出来るようになるまで、それから百日ほどかかった。
俺は生まれた町に帰って、今、酒場を営んでいる。もう戦いはやめた。出来ない体になっていた。
酒場のカウンターにいると、色んな噂話を聞く。だが俺は一切信じない。何事も体験してみないとわからないものだ。
体験した者から直接聞く話だって、俺は信じない。なぜなら俺自身が、俺の武勇伝を、だいぶ盛って話して聞かせているからだ。
(了)