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第18回「小説でもどうぞ」選外佳作 リモート会議/相浦綾人

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第18回結果発表
課 題

※応募数273編
選外佳作
「リモート会議」
相浦綾人

 会議室の窓から空を見上げると、灰色の厚い雲が重くのしかかってくるようだった。
「外、暗いですね。電気つけますか」
 私が尋ねると、パソコンをテレビに接続していた真弓先輩が手を止めた。
「明るいと画面見えづらくなっちゃうから、このままでいいわ」
「分かりました」
 このあと始まる営業本部主催の会議には、私が勤務する新宿支店の者も含め、ほとんど全ての営業所員が参加する。といっても、どこかの大きな会議室で一堂に会するわけではなく、各支店をリモートで繋ぐだけだ。私と真弓先輩は、リモート会議の準備をするよう上司から指示を受けていた。
 機器のセッティングを終えると、テレビ画面には本日の進行を務める田原部長の顔がどアップで映し出された。スピーカーからは本部側の雑音が聞こえてくるので、音声も問題なさそうだ。開始まで少し時間はあるが、多くの支店がすでに接続を終えている。
 真弓先輩は、こちら側のカメラとマイクがオフになっていることを確認すると、急に神妙な顔をした。
「そういえば、この前退職した高瀬さんの話って聞いた?」
 私は首をかしげる。
「いえ。いい転職先でも見つけたのかなと思ってましたけど、何かあったんですか?」
「実はここだけの話、彼女、田原部長の不倫相手だったみたいなのよ」
「えっ」
 つい、大きな声を出してしまった。高瀬さんとは電話でやり取りをしたことがある程度だったが、真面目そうな人だなと思っていた。
「あの田原部長と……」
 改めてテレビ画面に映っている彼の顔に視線を向ける。脂ぎった額を輝かせながら、自信満々な表情でカメラを見つめている。
 真弓先輩は口角を上げた。
「意外よね。彼女、たぶんビジュアルより権力に惹かれるタイプだったんでしょうね」
 大口顧客を執念で開拓してきた営業本部長には、社長ですら気を遣うと聞く。
「それで田原部長、毎日帰りが遅かったせいで奥さんに不倫を疑われたらしいの。そしたら急にビビっちゃって、高瀬さんに関係解消を迫ったんだって。彼女としては、会社にいづらくもなるわよね」
 私は元彼のことを思い出した。かつて浮気をしてきた男だ。こちらが問いただすと、あろうことか逆ギレしてきて、結局それが原因で別れることになった。
「そういえば、あなたも浮気されたことあるって言ってたわよね。営業本部長ともあろう人がそんなことをしていたって聞いて、何か思うところはないわけ?」
 真弓先輩が声を尖らせた。この人は、よくこういう聞き方をしてくる。彼女の中には正解の答えがあって、それとは違う回答をすると、決まって不機嫌になるから嫌だった。
 私は田原部長への遠慮を一旦捨てることにした。と同時に、心の奥底に眠っていた元彼への憎しみがよみがえってきて、声に力が入った。
「部下に手を出しておいて、奥さんにバレそうだから一方的に関係を終わらせるなんて……。田原部長は、人として終わってると思います。女性の敵ですよ。きっと権力に溺れて勘違いしてるんでしょうね」
 これぐらい言えばいいですか、と真弓先輩の表情を窺ったときだった。
「おい新宿支店! マイク切れ!」
 一瞬、その声がどこから聞こえたのか分からなかった。しかし、テレビ画面のなかで田原部長が鬼のような形相をしていることに気づくと、状況を悟った。全身から血の気が引いていく。
 真弓先輩が思い出したかのようにマイクをオフにした。
「誰の声だ? なに訳の分からねえこと言ってんだよ。おい、新宿支店に電話しろ」
 田原部長の吐き捨てるような声が、スピーカーを通して耳に突き刺さる。
 しばらく呼吸も満足にできなかったが、やっとの思いで声を絞り出した。
「うそ……。今の、全部聞こえてたんじゃないですか。マイク切ってたはずなのに」
 強張らせた顔を真弓先輩に向ける。すると、彼女は氷のように冷たい声で言った。
「ごめんなさい。最後ちょうどあなたが話し出す直前に、マイクをオンにしてたのよ。まさかあんなこと言うとは思わなくて」
 遠くから雷の音が聞こえた。大粒の雨が窓を叩き始める。
 彼女の澄ました横顔を見て、同期から聞いた、ある噂を思い出した。
「真弓先輩には気をつけたほうがいいわよ。あの人、気に入らない後輩のこと、これまでに何人も辞めさせてきたらしいから」
(了)