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第18回「小説でもどうぞ」選外佳作 根も葉と煙/楠守さなぎ

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第18回結果発表
課 題

※応募数273編
選外佳作
「根も葉と煙」
楠守さなぎ

 金曜日の夜、久しぶりに家族全員が揃った夕食の場で、伸子は張り切ってしゃべっていた。学校の飼育小屋で飼われているウサギのこと、この間習った算数が難しかったこと、今日返してもらった漢字の小テストが満点だったこと。しかしなにを話しても、両親も姉も生返事しか返してくれない。家族の薄い反応に、伸子はつまらなさそうに皿の上の豆を箸でつつき回していたが、突然ハッと顔を輝かせた。
「昨日ね、大事件があったんだよ。うちのクラスの優花ちゃんが、すごくきれいな指輪を持ってきてて、休み時間にみんなで見せてもらったんだけど。体育の授業のときに、脱いだスカートのポケットに入れてたはずの指輪が、教室に戻ってきたらなくなってたの!」
 最後の方はみんなが驚くようにと勢い込んで言ったけれど、家族の誰もこちらを見てもくれない。悔しくなった伸子は先を続けた。
「優花ちゃんは泣いちゃったんだけど、結局指輪は見つからなくてね。でも帰りにさっちゃんたちと話したんだけど、犯人は多分、山田だと思う。だって山田って、いつもボロボロの服着てるし、臭いし。みんなで指輪を見てたときに、教室の隅から恨めしそうに山田が見てたってさっちゃんが言ってて……」
「伸子!」
 水を打ったように食卓が静まり帰った。一言だけですべての音を消した父親は、伸子をじろりとにらんだ。
「見た目だけで、人様を判断するんじゃない」
 それだけ言うと、父親は口に肉を放り込んだ。それを見て安心したように、母親も湯呑に口をつける。
「だって……山田んちは貧乏だってみんな言ってるし……」
「だからそうやって貧乏っていうのを理由に、その山田って子を犯人だって決めつけるなってパパは言ってんでしょ。だいたい、学校に指輪なんて持ってきた優花って子も悪いんじゃないの?」
 バカにしたような姉の口調に、伸子は固く口を結んだ。学校に持ってきてはいけない物がなくなったということで、先生には言えず、優花が泣き寝入りするしかなかったのも事実だったからだ。その後はどこか緊張をはらんだ、無言の食事が続いた。
 翌日、伸子は黙って家を出た。昨夜のことでむしゃくしゃした伸子は、自暴自棄な気持ちになっていた。悪い噂で他人を決めつけるのが悪いと言うのなら、悪い噂が本当かどうか、確かめてやろうじゃないか。そう思った伸子は、河川敷にやってきた。ここには「フローシャ」と呼ばれる男が、段ボールとビニールシートでできた家に住んでいる。フローシャは、何人も女の子を殺した罪から逃れるために、ここに潜伏しているとみんなから言われている。でも、それは見た目のせいで流された悪い噂なんだと、父親の言葉で言えばそういうことになる。伸子はこっそりと土手を降り、フローシャの家の近くまで行った。
 ここまで来たのは良かったが、どうやってフローシャに接触しよう。そう考えていた伸子の見ている前で、折良くフローシャが帰ってきた。買い物にでも行ってきたのか、ビニール袋を下げている。フローシャが家に入ろうとしたとき、その後ろ姿からひらりとなにかが落ち、本人はそれに気づかず家の中に入ってしまった。駆け寄った伸子が見ると、それは薄汚れたハンカチだった。これだ、と思った伸子はすぐさまそれを拾い、家に向かって声をかけた。
「すみませーん」
 何度か呼びかけると、不審げにフローシャが顔を覗かせた。
「あの、これ、落としましたよ」
 ハンカチを差し出すとフローシャはしげしげとそれを見つめ、次に伸子に目を向けて破顔した。
「おや、ありがとう」
 予想外に親しみのある笑顔だったため、伸子は驚いた。もしかすると、父親の言ったことは正しかったのか。伸子はさらに踏み込んでみることにした。
「あの……ずっとここに住んでて、寒くないんですか?」
 フローシャは一瞬キョトンとしたが、すぐにまた微笑んだ。
「いや、意外と暖かいんだよ。お嬢ちゃん、入ってみるかい?」
「はい!」
 フローシャの申し出に、伸子は一も二もなく頷いた。
 人気のない河川敷で、伸子がフローシャの家に入るのを見た人はいなかった。その夜、伸子の家から捜索願いが出されたが、伸子が帰ってくることは二度となかった。
(了)