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第18回「小説でもどうぞ」選外佳作 僕の結婚/千早

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第18回結果発表
課 題

※応募数273編
選外佳作
「僕の結婚」
千早

「坂本さん家の長男が結婚するらしい」
 紅葉鮮やかに色づく頃、地元でそんな噂が流れていると聞いた。僕がその坂本さん家の長男なのだが結婚の予定はない。そればかりか、彼女すら存在しない。
 噂の発端は半年前、四つ下の妹が結婚したことにある。妹の結婚式に出席した際に、
「あんたはいつ結婚するの?」
 とまぁ、このような形で母からの猛攻撃を受けたのだ。
 僕も今年で二十九。結婚するつもりならば、真面目に考えなければならない年だ。親元を離れて上京してから、早七年。経済的にも安定してきた。僕もいつかはという気持ちはある。だが、今ではないのだ。だから、曖昧な表現でのらりくらりとかわしていた。
 だが、母からの追撃を受けてしまう。
「さくらちゃんはどうしたのよ。付き合ってるって言ってたでしょ」
 この母の発言が僕の噂へとつながっていくのである。
 僕と交際しているらしいさくらちゃん。
 結論から言えば、さくらちゃんは存在しない。
 二年前の正月、親戚連中や地元の人との酒の席で恋人の有無を聞かれたことがあった。当時も彼女などいなかったのだが、僕以外には恋人がいるのに、自分だけがいないというのは悔しいし、酒に酔っていたこともあり、見栄を張って言ってしまったのだ。架空の恋人、さくらちゃんのことを。
 まさか今になってその話が掘り起こされるとは思わないではないか。僕でさえ忘れていたくらいだ。あれから一度だって、さくらちゃんの話をしていないのに。
 今更、あれが嘘だったなんて、それも架空の人物だったなんてばれでもしたら僕のHPヒットポイントはゼロになってしまう。
 だから、頭が真っ白になってしまった僕は母へ言ってしまったのだ。
「あああ、さくら? 元気だよ。結婚したいとは言ってるけど、タイミングとかいろいろあるからさ。仕事とか子供とか……」
 さくらちゃんとは別れたなどと言っておけば良かったのだ。しかも、言わなくても良いことをべらべらとしゃべってしまったように思う。僕は自身の発言をひどく後悔した。
 あの結婚式での一件がもとで、地元で噂になっているらしい。出産準備のため、実家に帰省している妹がわざわざ電話してきたのだ。
 僕の地元は九州のド田舎の小さな村である。村全体が一つの家族のようで、正月やお盆などでは我が家で宴会さわぎをするのが通例だ。その地元で噂が流れているということは、村人全員が知っているに等しい。妹に詳しく話を聞くと、噂は当初の形から変貌を遂げていた。
 籍はもう入れて一緒に住み始めているだとか、お相手のお腹には既に子どもがいるとか、もう産まれそうだとか、言いたい放題である。さくらちゃんの名前は花子になっていた。
 何がどうなったらこんなに尾ひれがつくのか。子どもが産まれそうなのは完全に妹の話だ。
 花子さんは元気かと妹がからかうように言う。妹のにやつき顔が容易に想像つき、僕のHPはとっくにゼロだ。来年の正月、楽しみにしてるねと言い残して、妹は電話を切った。
 後日、正月に彼女を実家に連れてきてほしいと母から懇願され、彼女との帰省が決定してしまった。
 仕方がない。ここは、直前まで彼女を連れてくる予定にしておいて急な仕事で来られなくなったことにしよう。婚約者さくらとの出会い、仕事、出身地……設定は完璧にしてある。どこからでも質問攻めにしてくれたまえ。準備万端だ。いざ、実家へ。
 正月。実家の宴会が行われている部屋の扉をおそるおそる開ける。テーブルの上には数々の料理が並び、空になった酒瓶があたりに転がっている。親戚や地元の連中も皆集まっていて賑わっていた。だが、皆、軽く挨拶を交わす程度で僕を質問攻めにしてこない。周囲を見渡すと、部屋の中央でひと際、人が多く集まっている場所があった。可愛い、可愛いとの声が漏れ聞こえてくる。気になって中を覗き込んでみると、皆の中心には、妹と先日産まれたばかりの可愛らしい赤ん坊がいた。皆、産まれたばかりの赤ん坊に夢中のようだった。
 周囲の反応の謎が解けると、ほっとしてその場にへたり込んだ。ここ数か月の僕の悩みはなんだったのか。そのばからしさに僕は腹を抱えて笑った。
 こちらに気づいた妹が僕に声をかけ、僕も話題の赤ん坊の輪に加わった。
「出産、おめでとう」
(了)