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第18回「小説でもどうぞ」選外佳作 おめでたい男/酔葉了

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第18回結果発表
課 題

※応募数273編
選外佳作
「おめでたい男」
酔葉了

 私が在席するのはメガバンクの臨店班。この銀行には二万人以上の職員がいる。ほぼまともだが、これだけの数がいれば必然的に問題人物がいるのも事実だ。問題人物――パワハラ、セクハラ、痴漢、暴力、不正行為、犯罪行為など、巷で問題となっている様々な悪事をする行員だ。
 臨店班は、支店や本部を日々臨店し、こうしたことに手を染め、あるいは染めそうな行員らを事前に調べ、見つけ、成敗する、そんなことを目的とした部署だ。
 私はそんな臨店班の班長として日々の業務に取り組んでいる。着任してから既に五年が過ぎたが難しいポジションだ。後任も簡単には決まらず、私の異動はまだ先だろう。自分でいうのも何だが部下からの評判はいいと聞いている。確かに私を悪く言う声は聞こえない。臨店班は行内でも一目置かれる存在になっていた。
 悪事を見つけるのは、告発や通報、顧客からの苦情などがきっかけになることが多い。それ以外では噂もある。噂ごときと笑われるが、これが結構重要なファクターになっている。
「班長、噂ですが……。A支店の支店長が部下と不倫をしているとのことです」と部下。
 よくある話だ。が、不倫は銀行員にとっては致命傷。私は大きく頷いて「分かった。早速、A支店へ臨店しろ。ヒアリング対象は支店の全行員だ。最近の支店長の行動を聞き出せ。ただし臨店する理由は新しく始まった人事制度の感想を聞きたいってことにしておけ!」と指示を出す。こうしておくと支店側は油断して簡単にボロを出す。単純な奴らだと私はほくそ笑んだ。
「班長、一つ気にあることがありまして……」また部下からだ。今日は報告が多い。
「来週、大きな人事異動がありますが、どうやらB支店に異動する予定の支店長が相当なパワハラかつセクハラだという噂があります。過去、部下を何人も辞めさせて自殺者まで出しているという噂もあるそうです」
 結構な大物かもな。私は目を見開く。
「で、そいつの名前は?」
「まだ未公表のようです……」
 部下は言葉に詰まった。
「そんな奴が何故、支店長になれるんだ?」
「相当な力を持っているようです。人事部も考えがあって慎重に事を進めているのでしょう……」
 部下は困ったように答えた。
「誰なのか分からなければ動きようがないか……」
 臨店班の権力は絶大だ。人事部とも裏で情報のやりとりをしており、問題ある人物の異動の場合、事前に教えてもらうこともある。だが、今回の場合、詳細な情報をまだ出せない段階なのだろう。たまにある話だ。私は部下に鋭い視線を投げつけた。
「そいつの着任直後、すぐに臨店して釘を刺すこともできるな」
「そこまでやりますか?」
 部下の驚く顔にイライラする。私に出来ないことはない。
「当たり前だ! B支店には臨店のアポ入れだけはしておけ。新支店長とやらが着任した直後に臨店して驚かしてやる。そいつの好きなようにはさせん。この臨店班を舐めてもらっては困るわ」
 私はニヤリと笑った。そんなに調子に乗った奴であれば、思いっ切りギャフンと言わせたい。見てろよ――。私はまだ見ぬ相手に異常なまでの敵愾心を抱いていた。
 それから一週間後―――。
「班長、ちょっといいかね?」
 自席にいると、貫禄のあるボスに会議室に呼ばれた。何の話なのか思いつかない。
「おめでとう。異動だよ。支店長で栄転だ」
 私が席に着くと同時にボスは満面に笑みを浮かべた。まさか私が人事異動とは――驚きだ。
「で、どちらに異動ですか?」
「B支店だ……」
 一気に私の肩から力が抜けた。B支店にはセクハラやパワハラで有名な支店長が行くはずだった。ということは人格者の自分がその人の代わりか……。少なくともB支店の職員達は助かったというわけだ。そしてそのパワハラ野郎も。まあ、よかった、よかった――。

「自分の噂っていうのは本当、本人じゃ全く気づかないってことがよく分かりますね」
 人事部の担当者は苦笑した。
「本当におめでたい奴だ。あそこまで図太くないと当行では偉くならんようだな」
 人事部長は苦虫を噛み潰したように言った。
「奴には早く問題を起こさせて、サッさとクビにしないとな……。この調子だと時間の問題だろうがな、あのバカ班長め」
(了)