第21回「小説でもどうぞ」最優秀賞 恐怖のドライブ 花千世子
第21回結果発表
課 題
学校
※応募数250編
恐怖のドライブ
花千世子
花千世子
「それでは試験を始めます」
試験官の声に、僕の緊張はピークに達した。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
まずは周囲の安全確認、それからエンジンをかけ、走行を始める。
その工程だけでもたもたしてしまった。
だけど、自動車学校の実技試験――しかも、これで卒業ができるという試験で緊張しない奴なんかいるんだろうか。
そう思いながら僕は、何度も確認した道を走る。
卒業試験のルートは大きく分けて二つパターンがある。
一つは大通りを通るルート、もう一つは田んぼのほうを通るルートだ。
そこから学校に戻ってくるまでの細い道は、さらにいくつものパターンがあり、教官の気分次第で決まる。
なぜ僕が卒業試験のルートなんて知っているのかといえば、もう二回ほど実技試験に落ちているからだ。
二回とも田んぼを通るルートにあたり、そこへ行くまでの下り坂でハンドルをつい大きく切ってしまい落下しそうになった。
もちろん事故にはなっていないが、当然、不合格である。
今回は大通りのルートに当たりますように。
試験前からそう願っていたが、僕の願いは叶わなかった。
「その道、右ね」
試験官の声が冷たく響く。
ああ、このルートはまた坂道を下るルートだ。
僕は落胆する。
だけど、落ち込んでいるひまはない。
なんとしても下り坂を克服しなけれならないのだ。
そもそも、下り坂ごときで落ち込んでいるようでは立派な運転はできない。
僕は気合をいれ、下り坂に挑んだ。
ガードレールなどがない細い道で、それでいて大きなカーブのある坂。加えて下り坂なんだから、ここを選ぶ試験官は意地悪だな、と思う。
僕は慎重に慎重に坂を下っていく。
カーブもゆっくりと曲がる。
その時だった。
後ろからけたたましいクラクションの音が聞こえた。
バックミラーを確認すれば、そこには高級車がいる。
僕がゆっくり走っているからイライラしているのだろう。
それとも、卒業試験だとわかっていて嫌がらせをしているのだろうか。
どっちにしても落ち着かないし、道をゆずれるようなスペースはない。
僕はしかたなくスピードを上げるが、焦りのためスピードを上げ過ぎてしまった。
このままカーブに差し掛かってしまう。
しかし、スピードを落とすよりもハンドルを切るほうが先だ。
そう判断して必死でハンドルを切る。
すると驚くほどにきれいにカーブを曲がることができた。
下り坂を見事に克服したのだ。
僕はうれしくなって、そのまま順調に試験のルートを走行した。
そこからは何事もなく、学校へ戻ってくる。
ああ、これは絶対に合格だ。
そう思いながら学校の駐車場に入る直前。
自転車が目の前を横切った。
僕は慌てて急ブレーキを踏む。
助手席でガタン、という音がした。
見れば、助手席にはフロントガラスに頭を打ち付けている人間がいる。
車内のスピーカーから試験官の声が響く。
「これが本当の人間だったら、お前はスクラップだぞ。気をつけろ」
僕はのろのろと駐車場へ進む。
助手席の人形が笑っているような気がした。
ああ、これで三回目の不合格が確定だ。
いつになったら立派な自動運転自動車になれるのだろう。
(了)