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第21回「小説でもどうぞ」佳作 跳んだ先にあるもの 高橋天祐

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結果発表
第21回結果発表
課 題

学校

※応募数250編
跳んだ先にあるもの 
高橋天祐

 その日も、僕は『ジャンプ』をして学校近くのとある場所へと跳んだ。その場所は普段なら誰もいないはずで、だから後ろから声をかけられたとき、心臓が跳び出るほど驚いた。
「こんなところで何してるの?」
 暗闇から身を現した彼女は、僕と同じクラスの女子生徒のはなふじあかねだった。彼女はきれいな黒髪にあどけなくも整った顔をもつ、クラスの中でも一、二を争う美人だった。
「それってさ、もしかしてテレポートでしょ」
 僕はすぐに否定しようとした。だが、次に出た彼女のセリフに、思わず固まってしまう。
「教えてくれないと、このことをみんなにバラしちゃうよ」
 僕はなんとか振り絞って答えた。
「テレポートだったら、なんだっていうんだ」
「バラされたくなかったらさ」彼女が近づいてくる。ふわりと揺れる黒髪から、ほのかにいい香りがした。「条件があるんだけど」
「条件?」
「そ、条件」彼女はいたずらっぽく笑った。「大丈夫、簡単なことだよ」
 次の日、僕はわざわざ学校とは反対側のとある場所までジャンプし、そこで彼女を待った。遅刻ギリギリの時間に現れた彼女は、僕に手を差し出す。僕は彼女の手にそっと自分の手を添え、いつもの学校の近くの場所へと一緒にジャンプした。その場で僕らは別れ、彼女が先に学校へと入っていく。
 彼女を毎日学校へと送ること。それが彼女の提示した条件だった。
 僕は彼女の条件をこなすのは嫌ではなかった。むしろ段々と楽しむようになっていった。   
 寡黙がちな僕は学校で浮いていたが、それは彼女も同じようなものだった。美人だが少し生意気なところがある彼女は、女子グループから敬遠されがちだったのだ。そんな僕たちは接点が増え、学校の中でも次第に短い会話を交わすようになっていき、僕はそれをいつのまにか楽しみに思うようになっていた。
 だが僕は知っていた。彼女には、付き合っているひとつ上の学年の先輩がいることを。彼女が僕と一緒に登校しているところを見られないようにしているのも、これが理由だった。彼女に会うたびに浮足立つ僕を思い返すたびに恥じ、むなしいとさえ思った。
 そんな日々が何日も過ぎ去った、ある日のことだった。
「行きたくない」
「えっ?」
「今日は学校に行きたくないの」
 なんで、と開きかけた口が止まった。理由を聞くのは出しゃばりすぎだと感じる。だが、理由を訊ねない原因はそれだけではなかった。
「じゃあ、どこか他に行きたい場所はない?」
 代わりに出たのはそんなセリフだった。
 彼女はまさかそんなことを訊かれるとは思ってもなかったようで少し固まっていたが、すぐに思いつめたような表情に変わった。
「高いところがいい」
 彼女と跳んだ場所は、僕が気に入っている、山中の崖にあるひと気のない展望台だった。
「なにがあったか訊かないんだね」
「……なんとなく、予想はついてるから」
「やっぱりか」
 そう言った彼女は照れるように笑った。誤魔化しと、悔しさがにじむような笑顔だった。
「彼氏と別れたんだ」彼女はこちらから顔を背けて言った。「こっちからフってやったの。浮気されてたから」
 彼女は明るい様子で話し始めた。だが、時折その声に、震えるような音と空気が混じる。
 先輩には近頃、複数の女性と付き合っているのではという噂が流れていた。その先輩と交際中である彼女の耳にも、とうとうその噂が入ってきてしまったに違いなかった。
 不意に、彼女が展望台の柵をまたぐ。僕は突然の出来事に、すぐには反応できなかった。
明石あかしくん」
 彼女が少しだけこちらを振りかえる。
「今までありがとね」
 僕は慌てて駆け出していた。彼女が重心を前へと倒す。その足が宙に浮く。僕は柵を跳び越え、彼女の後を追った。
 地面に着くまでは、おそらく三秒もない。僕は空中で必死に手を伸ばし、彼女の手を掴んだ。そのまま彼女全体を抱くように包み込み、僕は目を瞑る。
 次に目を開けたとき、僕たちはつい先ほどまでいた展望台に再び立っていた。手を握ったままの彼女が、驚いたように目をしばたたかせている。僕は言った。
「僕だったら、君を離したりしない」
 彼女は今度こそちゃんと僕のほうを見た。心臓が高鳴っているのは、きっと飛び降りたせいだけではない。
 ややあって、彼女は僕に訊ねる。
「……あなたは、どこにも行ったりしない?」
 僕はしっかりと頷いた。
(了)