第21回「小説でもどうぞ」佳作 詐欺師の学校 藤岡靖朝
第21回結果発表
課 題
学校
※応募数250編
詐欺師の学校
藤岡靖朝
藤岡靖朝
特殊詐欺師を養成する学校があるという情報を得たので、興味を惹かれた私は早速申し込みをして入学することにした。
もちろんそんな学校が表向きに開校しているわけがなく、ネットに氾濫するあれこれの書き込みの断片をつなぎ合わせ、たぐり寄せたうえでようやく行き着いた先にあったものだ。
文科省や教育委員会の認可などされているはずがない。普段の授業(?)はネットを通じて行われるらしく、それはそうだろうなとは思ったが、驚いたことにカリキュラムの中にはリアルな実習の時間もあるらしい。
ともかくもパソコンの画面に向かって、その授業とやらに臨んだ。まず、はじめは、校長先生のお話……だって! なんだ、これは?
見ると、まだ三十代くらいの男が出てきてこんな話をした。
「……えー、私たちはいわば世の中のお金の動きを活性化させ、お金を有効活用することにより、経済界に貢献しているのであります。具体的には高齢者の方が、使う用途もなくガチガチに貯め込んで硬直化した少なからぬお金に陽の光を当て、社会に還元する有意義な役割を果たすのであり……」
なんだか特殊詐欺が立派な良い仕事のような言いぶりだ。あきれていると、コンビニのATMに誘導しての振り込ませは最近コンビニ側の注意と警戒が厳しくなり、今は以前の電話+訪問スタイルが復権しているのだとかの話があり、それも終わると授業が始まった。
最初は国語の時間だ。講師という人物が出てきた。
「電話をかけるときや訪問するときの言葉づかいに注意しましょう。相手は少し耳の遠い老人が多いです。言葉は短くハッキリと。決して疑問を抱かせないよう演技に集中して役になり切るのです。相手を騙す前に自分を騙すのがポイントなのです」
ウーム、なるほど。続いて算数の時間だ。講師が代わった。
「獲得したお宝(騙し取ったお金をこう言うらしい)はわれわれ幹部と掛け子、受け子の皆さん方とで半分ずつ分けます。公平でしょう。ただし、顧客情報提供料及び管理費としてそのうちの四割を頂き、残りを掛け子、受け子で折半してもらいます」
なんだ、結局、幹部とやらが七割も持っていって、芝居がかった電話をかけ続けなければならない人間と危険を冒してカネを受け取りに行く現場の人間の報酬は十五%しかないじゃないか。よくできた搾取システムだ。
次は社会の時間か。偉そうな男が出てきた。
「えー、日本は全国的な少子高齢化社会を迎えております。その中でも特に高齢者が多く、ターゲットになるのがA県とB県なのです。C県は内陸部はよいが、沿岸部はダメです。それから、その地域の地名をしっかり覚えておくように。かつてのどこかの大臣のように自分の管轄する地方の地名が全然読めないというのでは困りますからな、ブハハハ」
やれやれ、もう疲れてきた。えーと次は、道徳の時間だって……詐欺師に道徳?と思っていると、最初に見た校長が再び登場した。
「皆さん、もし万が一警察に捕まったときは決して自分以外のメンバーの名前を明かしてはいけません。これは絶対にしてはならない、人の道に外れる行為なのです。それからお宝を自分で独り占めしようとしてトンズラ、すなわち持ち逃げするのも道徳に反する所業です。その者には必ずや重い厳罰が下されることでしょう。あな恐ろしや」
なんともふざけた連中だ。いったいこんな学校で教えを受けて詐欺師になる人間がいるのだろうか。でも実際に各地で詐欺被害が増えているのだから案外多いのかもしれない。
数日後、受講生が集められて実践の授業が行われるという、待ちに待った機会がやってきた。とあるビルの演壇のある講堂みたいなところに私を含めて二十人くらいの男女が集まってきた。若者が多いが、中年の姿もあった。一見して犯罪組織に関わりがあるようには見えない人ばかりだ。しばらくして時間になると檀上の幕が開いて、奥のスクリーンの前に校長やら講師の面々が現れた。まさに雁首をそろえて並んでいる奴らを前にして私は「よし、今だ」と思った。
「警察だ! そこを動くな! お前たち全員を特殊詐欺の容疑で逮捕する!」
私は警察手帳を掲げながら宣告すると待機していた部下たちに身柄確保の指示を出した。だが、彼らは不敵な笑いを浮かべていたのだ。
「フフフ、出来るかな?」
校長の言葉に私も前へ出ていったが、彼らに近づいたとき、思わずアッと声を上げてしまった。そこに人の姿はなく、それはスクリーンに巧妙に映し出された映像だったのだ。本人たちはどこか別の場所にいてリモートで等身大の画像が送られているだけだった。
私たちの捜査の一陣は完全に空を切った。幹部連中はここにはいないのだ。受講生など捕まえてみてもどうしようもない。まだ何もしていないのだから。私は悔し紛れに呟いた。
「くそー、これは詐欺だ!」
(了)