第21回「小説でもどうぞ」佳作 頭骨高校自殺探求部 雨寺霧子
第21回結果発表
課 題
学校
※応募数250編
頭骨高校自殺探求部
雨寺霧子
雨寺霧子
「これは純然たる自殺ではないよ」
月明かりしかない真夜中の教室にぶら下がる首吊り死体の足元で、先輩は頭を抱えた。
「自殺教唆というやつさ、今花くん」
先輩——渡守メメは控えめに言って異常者だった。三大欲求が食欲・睡眠欲・自殺欲で構成されていて、一度しかない自分の死に舞台を完璧にするための方法論を常に追い求めている。そして、致死量の希死念慮とその発露を持ち前の《嗅覚》で察知すると、死者を弔うという建前で現場に馳せ参じては、己の探求の材料にしようとする。そんなシデムシのような女子高生が渡守メメである。
かく言う僕は恥ずかしながら日々の鬱屈を《恐ろしく実用的な殺人術》として昇華し、ノートにしたためるという悪癖があった。当然、墓場まで持っていく秘密のつもりだったのだが、先輩にノートを見られてしまったのが運の尽き。以来、脅迫のネタにされ、先輩の手伝いをする羽目に。こうして僕の奇妙奇天烈摩訶不謹慎な高校生活は幕を開けた。
「ここ最近の校内は異様だった。絶えず希死念慮の匂いが充満していたよ。我々は知らず知らずのうちに毒を吸い続けていたんだ。いつ誰が自殺してもおかしくなかった。箸が転んでも死ぬお年頃の少年少女たちなら尚更だ。そんな中で最初の自殺は発生した」
そう。この学校では先月も自殺があったばかり。今夜が二度目だった。連続性さえ気にしなければ、どちらもありふれた悲劇のようにしか見えなかった。
宙ぶらりんの生徒を前にしながら先輩は教壇に立った。夜風に当てられて教室の窓が微かに音を立てていた。
「当初、わたしは校内を満たす希死念慮は集団ヒステリーの一種で、複数人の意識の集合体だと考えていた。しかし、最初の自殺が起こった途端、匂いの配合が変わったんだ。君も知っての通り、希死念慮は生を手放す葛藤と死を迎える恍惚感がブレンドされてできている。これの後者の割合が強くなった。その変わり方も複数人ではありえない速度だったよ。伝染するようにジワジワとではなく、いっぺんに変わったんだ。そこでようやく認知した。学校中に希死念慮を振り撒きながら、着実に死に向かって歩み始めた何者かがいるとね」
僕は軽い目眩を覚えた。靴底と擦れた床が高い音を刻んだ。
「そして、起こったのが今夜の自殺。今の校内は昼間よりも恍惚感の割合が強くなっている。つまり、犯人は生徒を死なせ続けることで自身の自殺も成就させる存在だ。全てを察したよ。もっと早く気づくべきだった。学校中を満たす希死念慮の匂い。答えは最初からわたしの鼻が告げていたのに」
先輩が溜め息をついた。同時に家鳴りがして学校全体がうごめいた気がした。
「匂いは壁の中からしていたよ。犯人は壁紙の向こう側から希死念慮を滲ませて、我々に死ねと囁き続けることで、死のシックハウス症候群を引き起こしていたんだ」
瞬間、学校中の全ての音が息を潜めた。
「もう分かるだろ、今花くん」
先輩は僕の返答を待たずに続けた。
「学校だよ。学校が死にたがっているんだ」
「こうするのが一番よかったのさ。自殺の養殖を見過ごすほど、わたしも人でなしではないからね」
全校生徒を焼き殺すもっとも効率的な方法は既にノートの中にあったから、校舎を炎で包み込むのはさほど難儀しなかった。死にたがっていた我が学び舎が自殺幇助により焼死していく様を僕と先輩は校庭から看届ける。
多くの自殺生徒を輩出して学校であることから卒業するのが学校の狙いだった。そう先輩は説明したが、僕は納得していなかった。思うに学校はそんな長期計画を組んでいたのではなく、最初から僕らに助けを求めていたのではないか。釣り糸に死体を吊るして、今夜みたいな結末を待っていたのだ。だとしたら、二人の死者が出たのは僕らの責任でもある。先輩も全部分かっているはずだ。でも黙っているのは、僕を気遣ってのことだろうか。
そうこうしている間に遠くからサイレンの音が聞こえてきた。先輩に視線を投げかける。
「もう少しだけ看ていこうよ」
いつになく愉しげな表情だった。死後四十八時間以上経過したとしか思えない、あの青白い肌も炎に照らされて、今この瞬間だけは血が通っているかのように見える。
気づくと僕は自分でも分かるほどに赤面していた。馬鹿な。落ち着け。気は確かか。相手はあの渡守メメだぞ。人を平気で樹海に置き去りにする奴だし、僕の青春を搾取している張本人じゃないか。ああでも畜生。
今すぐにでも死にたいくらいの居心地の悪さと、このままずっと見つめていたいという気まずい感情をぶつけ合わせながら、何も知らない先輩の隣で僕は自分を殺し続けていた。
(了)