第21回「小説でもどうぞ」選外佳作 超能力者 十六夜博士
第21回結果発表
課 題
学校
※応募数250編
選外佳作
超能力者 十六夜博士
超能力者 十六夜博士
授業が終わった大学の教室。もういる必要はないけれど、こたつに入った足のように下半身が動こうとしない。蜘蛛の子を散らすように教室から消えていった同級生たちは、きっと今日も企業の面接に行くのだろう。彼女らに比べ、自分は今日も行くところがない。就活の季節になっても何をやりたいかわからない。いや、わかっていたはずだった――。
先生になりたくて、教育学部に入り、資格も取った。
(先生ってブラック労働らしいよ)
(モンスターペアレンツが結構いるんだって)
将来の話になると、友達は悪気なく、ネガティブ情報をインプットしてくる。自分に芯があれば笑い飛ばせば良いだけなのに、ボディーブローのように効いてきて、先生が未来の正解に思えなくなっていた。元来の優柔不断な性格のせいもある。タイパを追求し、最速で正解に辿り着く同級生は時間を操る超能力者のように思えた。
それに、先生は勉強を教えるだけではない。子供に未来の指針を教えないといけないはず。自分の将来すら悩む人間が、そんなこと出来るわけもない。
「ミカ、なにボサッとしてるわけ?」
振り向くとサエコがいた。サエコは典型的な今の子で、ハッキリと自分の将来が見えていた。超能力者の一人。
「サエコはどうして商社なの?」私は訊いた。
ちょっくら付き合ってやるよと言うように、サエコは教室の机に足を組んで座った。ヒールを履いた脚が綺麗で、随分大人びて見える。
「だって、世界を見てみたいじゃない。日本は小さすぎる。それに給料も良いしね」とウインクした。
「ハッキリしてるね」
「うそ。ミカだってハッキリしてるじゃない。先生なんでしょ?」
頷きながら目を伏せると、追いかけるように私の顔をサエコが覗き込んできた。意地悪そうな笑みを浮かべた顔。思わず目を逸らす。
「ミカはなんで先生になりたかったんだっけ?」
子供を諭すようにサエコが言う。
「小学校の時の先生が素敵で……」
「だよね。そう熱く語ってたのは誰かな?」
悔しくなった口元がキュッと締まる。
「その恩師に会いにでも行ったら」
私の背中をポンと叩くと、サエコは机から飛び降りた。背中越しに、じゃあねー、と手を振りながら、サエコは教室を出ていった。
日曜日、エイコ先生の実家の前に立つ。
十二年前に遊びに来させてもらった時と変わらない佇まい。三十四歳だし、実家を出ている可能性は高い。祈るように呼び鈴を押すと、しばらくしてエイコ先生が玄関から顔を出した。神様はひとまずいた。
エイコ先生は一瞬目を
エイコ先生の部屋に通される。十二年前は、ジャニーズの推しの写真だらけだったけど、それらはなくなっていて落ち着いた部屋になっていた。先生だって成長してるんだな、なんて偉そうなことを思う。
しばらくお互いのこれまでを話していると、優秀なウエイトレスが注文を取りに来るタイミングで先生が話を変えた。
「就活で悩んでる?」
ああっ、やっぱりそうだ。昔から先生はなんでもお見通し。先生は最強の超能力者なのだ。今のはクレヤボヤンス(千里眼)。やっぱり、私じゃダメだと思いながら、「先生になりたかったんだけど、自信がなくて」と床に向けて
そうか、と先生は言うと、何も聞かなかったようにしばらく窓の外の青空を眺め始めた。
「みんな自分の正解が見えてる。でも、私にはわからないんです。子供達にも正解を教えられないと思う」
「正解か……」と先生は
「なんでですか? 先生は先生になるために生まれてきたような人ですよ」
ハハッと笑った後、「だって、学校は正解を教えるところじゃないよ。それをミカちゃんに教えられなかった」と今度は私の目をエイコ先生はじっと見た。
「でも、先生は辞められないや。だって、教え子が十年以上も経ったって覚えてくれていて、遊びに来てくれるんだから」
先生はまた窓の外に目をやった。
今のは人の心を動かすサイコキネシスか。胸のあたりが熱くなり、両手に自然とグッと力が籠る。背筋もゾクっとした。
「先生、ジャニーズの追っかけ辞めたんですか?」と話題を変えると、先生はフフフッ、と恥ずかしそうに笑って、「それがね……」とジャニーズの話を始めた。最強の超能力者のくせに、ジャニーズを語るその顔は私達と変わらない。そう思えた。
(了)