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第21回「小説でもどうぞ」選外佳作 バクチ・ランナー 広田圭

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第21回結果発表
課 題

学校

※応募数250編
選外佳作 
バクチ・ランナー 広田圭

 私は理科室に展示されている人体模型。ある時、私は自分の体が夜だけ自由に動かせることに気が付いてしまったんだ。
 いつも窓から見ていて思っていたよ。自分もこの肉体を使って、陸上部の学生たちのように思い切り走ってみたいってね。
 夜、誰もいない校内を走る。
 おもむろに片膝をついて、手を広げ、前傾姿勢を取ると共に、腰を上げる。見よう見まねのクラウチングスタートから、繰り返しスプリントをした。『廊下を、走るな!』の張り紙をよそに全速力で駆け抜ける人体模型。ふふふ、教師諸君。私は学生ではないのだよ。
 1,2,1,2,1,2……
 大腿四頭筋、ハムストリング、下腿三頭筋、自分の筋肉が次々連動しているのを感じる。
 1,2,1,2、1,2……
 腰を高く。膝をたたんで。さらに次の足を、もっと速く、もっと速く!
 ベチャ!
「あっ」と思ったときにはもう遅かった。
 何か水たまりのようなものを踏んだ感覚。次の足はうまく接地しない。私は急に足を滑らせた。トップスピードに乗った身体はふわりと浮き上がり、私は空中に投げ出される。
 進行方向の廊下の突き当たりの窓が完全に開けっ放しになっていたのが運の尽き。なんと私はそこから外に放り出されてしまったのだ!
 月明かりがぼんやりと辺りを照らす中、一体の人体模型が宙を舞う。
 ガサ!
 次の瞬間には植木の繁みの中だった。右肩の三角筋と大胸筋の部分に少し傷がついた程度で、幸いにも体にはどこも破損がない。
 私の頭の中と言えば、依然として肉体を使う快感とスピードへの高揚感でいっぱいで、しばらくその場で横たわっていたが、やがてあることに気が付いた。
 大変なことになった。
 ここにいてはいけない。はやく理科室の片隅に戻らないと。ここは余りに人目に付きすぎる!

 一度、冷静になって必死に考えを巡らせる。
 このままの状態で朝を迎えるとする。理科室にいるはずの私は、夜中に勝手に動き出した、恐ろしい「呪いの人体模型」として廃棄されてしまうかもしれない。それはまずい。
 学校の施錠を調べてみる。不運というべきか、当然というべきか、自分が落ちた窓以外の施錠は完璧だった。
 誰か人影を感じて私はギョッとする。それは暗い窓に映る自分の姿だった。皮膚がなく、全身の筋肉がむき出しになったヒトの姿。
 怖い。絶望的に怖い。どうしよう。
 もしか当直中の用務員に見つかって、「誰だ⁉ そこで何をやっている!」と言われたらなんと言い訳をしよう。
「か、体中の皮を探していまして……」
 私はぶるぶると首を振った。頭に浮かんだ想像をすぐに消し去る。これでは用務員は卒倒し、学校に新たな怪談が生まれるだけだ。

 どれだけ考えても、私には何も良い考えが浮かばない。いくら知恵をひねり出そうとしても、延々と堂々巡りを繰り返すだけだった。
 もしかしたらそれは、私の頭の中に脳みそが存在していないことが原因かもしれなかった。
 しかし、その中でも二つだけ動かない事実があった。
 一つは自力では理科室には戻れそうにないこと。そしてもう一つは、怖がられないために何か服を着た方が良いことだった。
 私は用務員室へ行き、当直中の彼が寝ているのを確認してから、気づかれないように用務員用の作業着を拝借した。そしてそれを着ると、ひとつ深呼吸して、校門横にある掲示板の隣に仁王立ちした。もうすぐ夜が明ける。これはもう、一か八かの大勝負……。

 明くる日、私はやはり校門掲示板の横で様々な人に発見されることとなった。
『ものを大切に!』と書かれた啓発ポスターの横で、訴えるようにしてたたずむ作業着姿の私を、人々がどう思ったかは分からない。
 呪いの人体模型として、この学校の噂話にひと花添えることになったかもしれないし、出来の悪い学生のタチの悪い悪戯として、教師たちが問題視したのかもしれなかった。
 ただ一つ言えることは、私の賭けは見事成功したということ。また以前のように、理科室の窓から陸上部の練習を眺める毎日を送ることが出来るようになったんだ。
 精一杯の「お願い! 捨てないで!」っていう気持ちがどういう形であれ、伝わったということだと思う。首の皮一つ繋がったってこういうことを言うんだよね、たぶん。
(了)