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第21回「小説でもどうぞ」選外佳作 たれこみうさぎちゃん 天田魔弾

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第21回結果発表
課 題

学校

※応募数250編
選外佳作 
たれこみうさぎちゃん 天田魔弾

 本当に偶然だった。
 その日は仲の良い麻美もおばあちゃんが死んだとかでお休みで、遊び相手を見つけられなかったわたしは体育館裏で一人退屈していた。そんな中、なんとはなしに足元の小石を蹴ったら、倉庫の壁に当たって跳ね返り、あろうことかフェンスの網目をすり抜け、勢いをつけたまま道路へ飛び出していった。すると、すぐに子供の泣き声が聞こえた。それに負けないくらいヒステリックに騒ぐ女の人の声があとに続いた。わたしは逃げ出していた。
 母親に連れられて駄菓子屋に行った帰り道だったそうだ。女の子は四歳。潰れたのは右目。もう景色を映すことはないらしい。
 結局のところ、学校は犯人を見つけられなかった。名乗り出てくれるような目撃者はいなかったし、犯人も口をつぐんだ。だって、誰も悪くないから。怒られるべきは偶然であって、犯人ではない。女の子もわたしもお互いに運が悪かった。それだけだから。
 だが、うさぎ小屋からする声は言った。
「お前は悪い子だ」
 先生たちは忙しい。だから、動物の世話をするのは、いきもの係の生徒たちの役目なのだが、彼らの仕事ぶりはうさぎ小屋の荒廃具合を見れば明らかだった。そして、学校から見捨てられたと思しき、この場所に一羽寂しく閉じ込められているうさぎがいた。
 お受験に有利だからと、いきもの係に名乗り出たクラスの丸山さんは出っ張った前歯を控えめに露わにして言う。
「あのうさぎね、ラッキーちゃんって言うらしいよ。けっこう長生きしてるみたいだね」
 元の色が白であったことが分からないくらいボロボロになったフンまみれの毛皮をまとい、まるで血走っているかのような赤い目をして、ラッキーはじっとわたしを見つめる。
「お前は悪い子だ」
 あの日、体育館裏から駆け出していくわたしを小屋の中から見ていたのだろう。ああ。もしも、うさぎの言うことに耳を貸す人がいたら。黙ってやり過ごそうとした今、バレるのが一番よくない。ようやく眠れる日々をとり戻したと思ったのに。わたしの寝つきはまた、すっかり悪くなってしまっていた。
 家の冷蔵庫からもらってきたニンジンを小屋の外から差し出すと、ラッキーは表情も変えずにモソモソとかじるだけで、許してくれそうになかった。ちょっといいニンジンをお小遣いで買って与えてもみたが、反応は変わらない。もっと豪勢なご飯をご所望なのか。脳内に「破産」の二文字が浮かんだ。
「お前は悪い子だ」
 初めて足を踏み入れるうさぎ小屋の中は、施設にいたおじいちゃんのベッドと同じか、もっと危険な臭いで満たされていた。
「お前は悪い子だ」
 わたしが体を抱き上げてもラッキーは逃げなかった。だが、両手で首を絞め始めると動物らしくキーキーと鳴いて暴れた。
 大丈夫。今度こそ、どの生き物にも見られることはない。今日は一度下校して刑事ドラマの再放送を見終わってから小屋を訪れていた。こんな時間だ。校門からここまで誰ともすれ違わなかった。
 だから、ラッキー。お願い。わたしの安眠のために眠って。手の力を強めると願いを聞き入れてくれたのか、次第にラッキーはおとなしくなり、遂には完璧に動かなくなった。
 今この瞬間にもわたしの手に残り続けている感触は、将来子供ができて初めて抱いたときとか、優しく髪を撫でたときに思い出すに違いない。でも、たかがその程度だ。
 それよりもなんなの、あれ。今の今までラッキーが居座っていた場所に妙なものが中途半端に埋まっている。よく見ると、干からびたうさぎの死骸だと分かった。ところどころ欠損しているのは、かじられた跡だろう。
「お前は悪い子だ」
 ——もしかしたらだけど、ラッキーは自分を責めていたのではないか? この小さくて丸い体に入りきらなかった罪悪感を口から吐き出していただけ。それを勝手に履き違えた人間に殺された。偶然にしてはでき過ぎだ。本当に偶然なのだろうか。これ以上、考えたくない。だが、次の瞬間には更なる偶然について考えざるを得なくなっていた。
「あ、えっ——?」
 振り返るとプリントを手渡せるくらいの距離のところに、いきもの係の丸山さんが突っ立っていた。手には腐りかけのニンジンを持っている。
 わたしはまだ全然温かい肉の塊から手を離した。涙の滲む丸山さんの目が次第に赤みを帯び始める。ああもう。どうして。小石を蹴った。ただそれだけだったはずなのに。
「お前は悪い子だ」
 わたしは逃げようとする丸山さんのポニーテールを掴んでいた。あとのことは偶然に任せようと思う。
(了)