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第21回「小説でもどうぞ」選外佳作 おかいごさま 獏太郎

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第21回結果発表
課 題

学校

※応募数250編
選外佳作 
おかいごさま 獏太郎

 オレの背後から、タミちゃんの声が聞こえた。タミちゃんとは、かみさんと結婚してからの付き合いだから、半世紀以上になる。
「もう願書は出したん?」
「願書って?」
「あんたもそろそろ施設って考えてるんやろ。ほんなら、早く行かなあかんって」
「どこへ?」
 話が全く見えない。
「〈おかいごさま〉に捨てられたら、ウチら終わりやで」
「〈おかいこさん〉がどうしたんや?」
「〈かいこ〉とちゃうわ、〈おかいごさん〉や」
 急激に進む少子高齢化の波を、政府は止めることが出来なかった。そのために様々な分野で人材不足が顕著になった。特に介護分野では、限られた人数で大量の高齢者の世話をすることになり、大きなひずみが生じている。高齢者は面倒をみてもらうために、職員の機嫌を損ねないように常に気を遣う羽目になった。いつの頃からか、介護職員を〈おかいごさま〉と呼ぶようになった。暴力を振るわれても、泣き寝入りするしかないのだ。施設を追い出されたら、もう野垂れ死にするしかない。だから機嫌を損ねてはいけない。
「〈おかいごさま〉に嫌われへんように学校でちゃんと勉強してから施設に行くのが普通やで。はよ、行こ!」
 タミちゃんが、オレの手首を引っ張った。タミちゃんって、こんなに力が強かったんや。どこへ行くのかわからない。とりあえず、ここは逆らわずにいようか……。
 途中で息切れしながらも、休憩も挟みながらやって来たのは、街のはずれにある掩体壕えんたいごうだった。若い人はかつて、ここに戦闘機が隠されていたなんて、知らないだろう。タミちゃんがどんどん奥へと進んで行く。まだオレの手首を掴んだままだ。パッと前が四角く明るくなった。ドアがあるなんて。
「タミちゃん、ここは?」
「〈おかいごさま〉対策講座を受講できる学校や。前にいるのが講師のアイちゃん」
「……シノブ? なんで、かみさんがいるんだよ!」
 目の前には、二年前に亡くなった妻のシノブが立っている。正しくは結婚直前のシノブだ。タミちゃんが口を開いた。
「シノブちゃんはね、二年前に事故で死んだことにして、あたしたちのために先生になったの。ごめんね、黙ってて」
 タミちゃんの目には、涙が浮かんでいる。
 シノブは交通事故に巻き込まれ死んだと警察から聞かされた。ただ遺体は損傷が激しく、人の姿をしていないとも説明を受けた。曲がったことが嫌いで、姉御肌で面倒見がいい。目の前にいるのは、シノブの脳を移植された人型ロボットだという。この歪んだ国で、高齢者を守ろうと決めたのか。オレに黙って。
 タミちゃんと一緒に、一番前に座った。ざっと百人はいる高齢者に交じって、生まれ変わった妻の講義を聞いた。本当に情けない。こんなことをしてまで、生きないといけないのか。いつの間にか、右手に鉛筆を持っていた。目の前には、ノートがある。いつ用意されたんだ? ノートに文字を書こうとしたら、鉛筆が歪んで見えた。
「あれっ?」
 鉛筆がいつの間にか、万年筆に変わっている。しかも、いつも愛用しているものに変わった。
「あれれっ?」
 ノートが次第に原稿用紙に変わってゆく。どういうことや?

「いつの間にか、うとうとしとったんか」
 オレは、来週締め切りの連載小説の原稿を書きながら、いつの間にか寝ていたらしい。こんなこと、滅多にないのに。危機的に減った若者と、あふれる高齢者のせめぎあいをテーマにした小説も、いよいよクライマックスに差し掛かっている。テレビでは、しきりに政府が対策を講じると言っているが……。
 少し休憩しよう。仕事場のある二階から、一階に降りた。妻のシノブが台所から顔を見せた。
「あら、一服? お茶入れようか」
「うん」
「ドーナツ食べる?」
「うん」
 オレもあと二十年したら、後期高齢者の仲間入りをする。そのときに、〈おかいごさま〉対策講座を受講する羽目には、なりたくない。
(了)