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第21回「小説でもどうぞ」選外佳作 アップデート 秋田柴子

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第21回結果発表
課 題

学校

※応募数250編
選外佳作 
アップデート 秋田柴子

「いいですか、皆さん。大切なのは相手への思いやりです。相手がどう思うか、どう感じるのか。それを第一に考えましょう」
 教壇に立つ講師の言葉に、学生はみな真剣な眼差しで頷いた。もっとも真剣になるのも無理はない。みなそれぞれに切実な想いを抱いて、この学校の門をくぐったのだから。

 少子化対策が国家緊縛の課題として取り沙汰されてから久しい。結婚率は低下の一途を辿り、ついに一年間の出生数がわずか数万人という衝撃的な事態に瀕した政府は狼狽した。
「手当てがどうとか控除がどうとかの小手先の政策では歯が立たないんですよ!もっと抜本的な対策を取らねば!」
 鼻息荒い野党に迫られた政府は、超次元対策として新たな教育機関を作る、と発表した。
 その名も『恋愛専門学校』。世の中、婚活業界があれほど盛況にも拘わらず、なぜ結婚率が上がらないのか。せっかくマッチングしてもいざ会ってみると惨憺たる結果に終わり、結局成婚に至らないのは如何なる理由か。
「それはひとえに恋愛に関するスキルが不足しているからであります。それゆえ国家を挙げて若者の恋愛スキルを向上させることを目的とした、新たな教育機関を……」
 あまりの超次元ぶりに国民があんぐりと口を開けている間に、法案は速やかに可決され、前代未聞とも言うべき『恋愛専門学校』が国の教育機関として制定されたのだった。

「――では今日はデートの仕方について学びましょう。話題は何がいいと思いますか?」
「昨晩のサッカーワールドカップの試合です。最高でしたよね。ラスト三分での逆転は……」
「はい、そこです。相手はサッカーに興味のある方でしょうか?」
 興奮に目を輝かせていた学生が、途端にしゅんとうなだれる。
「“自分がよければ相手もいいだろう”は危険な思考ですよ。一方的な噂話やエンドレスの自慢話はその最たるものです。アポなしで相手の家に押しかけるとか、もってのほかですからね。では次、お店はどこにしますか?」
「デートでファミレスとかあり得ないです!」
「いや、それ贅沢じゃね?」
「はい、そこです。お店のランクだけで愛情を測ってはいけません。一方で相手がどんなお店を望むのかリサーチしておく必要がありますね。シチュエーションを考慮し、価値観の押しつけや自己満足にならないよう……」
 かりかりと熱心にノートを取る音が教室中に響く。当然、座学だけでなく実技もある。
「今日はデートの最難関スキル、お会計の実技実習です。二人一組でペアを作ってください」
 教室内がわいわいと騒がしくなる。
「おい、奢ってもらって当然って顔するなよ」
「えー? だって男が払うのが常識でしょ?」
「はい、そこです。今のご時世『男が、女が』の考え方は論外ですよ。払う方も『いかにも奢ってやってるオーラ』を出さないこと。図々しいのも恩着せがましいのもNGです」
 夏休みには泊まりがけで一週間の妊婦研修がある。医師の管理のもと催吐剤を服用したり、腹部に重りを装着して生活するのだ。想像以上の辛さに学生たちから悲鳴が上がる。
「わかりますね。『妊娠は病気じゃないから甘えるな』とか、間違っても口にしてはいけません。生理も妊娠も個人差が大きく、本当の辛さは本人にしかわからないのですから、思い込みによる不用意な発言は控えましょう」

 そうしてすべての課程を終えた学生たちは、自らの希望と国家の期待を一身に背負って、社会へと羽ばたいていった。
 だが何年経っても出生率はおろか、成婚率すら上がる気配はない。むしろ下がる一方の体たらくに、時の総理は激昂した。
「そんなはずはない。ちゃんと専門家がカリキュラムを選定しているはずだ。教育現場に何か問題があるのではないか?」
「いえ、総理。お言葉ですが、現場は忠実にカリキュラムを実施しております。ですが学んだとおりに行動してもトラブルが多発して結局成婚に至らないか、あるいは結婚したとしても早々に離婚してしまうのです」
「それはおかしいだろう。当人同士が相手を思いやった行動をとれば、そうも簡単に破局するはずがない」
 官房長官は得たりとばかりに頷いて、つつと総理に歩み寄った。
「仰るとおりです、総理。実はそこにはまったく別の、極めて重大な問題があることが判明しました。つきましては私に考えが……」
 やがて総理の鶴の一声で、翌年から『恋愛専門学校』の入学要項に新たな一文が付け加えられることとなった。
「本校入学に際し、当該学生の親の『口出ししない両親の心得コース』受講を必須とする」
(了)