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第6回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 地上の糸、レア 夜岡史樹

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第6回結果発表
課 題

家族

※応募数289編
 地上の糸、レア 
夜岡史樹

 一瞬にして、私の家族が全員死んだ。私が長女で、弟が二人。五人家族だった。死因は交通事故。飲酒運転の標的となったのだ。
 そこからしばらく、著しく忙しい日々が続いた。裁判のこと、お金のこと、葬儀のこと……。
 三ヶ月以上が経った頃、やっとその日々は終わりに近づき、私の周りに毎日しつこいくらいについて来た大人たちも消えていった。
 最終的に落ち着いたのは前住んでいた大きすぎる家を売って、一人で住むようになってからだ。引き取ってくれる親戚はいなかった。 
 その時になってやっと、事故のことや、今の状況を考えることができるようになった。
 しかし考えれば考えるほど気分は暗くなっていくばかりだった。体調もずっと悪かった。
 高校の友達の親が、そんな私を病院に連れて行ってくれ、重度の精神疾患と判断された。
 一旦、薬をもらって病院を去ったが、私はそれを服用しなかった。死にたいからだ。
 私はあの事故からずっと、その覚悟を決めることが出来ないでいた。当たり前だ。十七にして死ぬなんて、嫌で当然だ。しかし、それと同じくらいあの世へと誘おうとする何かが私の中にはあった。簡単には断ち切れない家族の絆が糸となって、雲の上から私を引っ張っているようだった。その時もうすでに私は、半分くらい宙吊りになってしまったようで、地面に足をつけて歩くのが困難になっていた。
 病気が深まれば、私は素直にその糸に従い、雲の上へ向かうだろう。そう思ったのだ。
 
 そこから一ヶ月がたった。滝のように雨が降る中、傘もささずに私は歩く。その時はすでにもう、足が地面を蹴る感覚はすでに消えてしまっていた。
 首を吊る勇気はなかった。苦しそうだったから。死ぬなら、一瞬がいい。そう思いながら、近場の一番高いマンションに向かった。
 
 何分ほど歩いただろうか。私はふと足を止める。道端のあるものに目が留まる。
 猫。真っ黒の猫。まだ小さく、その目は濁った緑色をしていた。捨てられたのだろうか。
 その猫は道の端で倒れ、雨に袋叩きにされていた。おそらくこの猫に明日はないだろう。まるで私みたいだ。……いや、どうだろう。
 この猫はおそらく、生きようとしている。必死に明日を求めている。それを私と重ねていいのだろうか。出来ることなら私の命をそのまま渡してあげたい。
 こんなことを考えるうちに、だんだん口の中が苦くなっていくのを感じた。はぁ。よし。
 
 私は近くのコンビニに入り、傘と、猫の餌を探した。そんなものあるのかと心配だったが、すぐに見つかった。本当に便利な社会だと思った。
 黙々と財布を開く。お札は全部ビショビショに濡れていて、使うのには気が引けたので、キャッシュレスを探す。すると、
「わっ」
 視界が真っ白に染まる。顔に何か掛かったらしい。私は慌ててそれをどかすと、そこには若い女性の店員さんが立っていた。
「大丈夫? あんた。びしょ濡れだけど」
 私はそこで初めて白の正体がタオルだと気づく。なんだかいつもより温かく感じる。
「いや、大丈夫です。ありがとうござ……」
「大丈夫なわけないでしょ」
 と言って彼女は私の髪をぐしゃぐしゃと拭く。「わっ」と私が小さく言うと、彼女は少し笑って、
「アンタ可愛いからそんなに濡れてたら誰かろくでなしに さらわれちゃうよ?……いろいろ悩みはあるだろうけど、早めに帰りな。ね?」
 と言い、同時に私の肩をトントン、と叩いた。雨が冷たいからだろうか。服越しでもはっきりと手のひらの温度が感じられた。
 やがてその温度は肩から首を伝い昇っていき、しだいに目から涙がこぼれる。雨と混ざったその液体と顔をタオルで覆ったが、溢れ出るものを止めることはできなかった。
 さんざん泣いた後、コンビニを出ると、空中の雨雲の端から少し、青い空が見えていた。
「ニャー」
 その子猫はとても美味しそうにご飯を食べた。それを見ていると、私もお腹が空いてきた。朝も昼も、食べてないんだっけ。帰ったら何か作って食べよう。作り置き、まだあったかな。なんてことを思いながら、私はその猫を抱きしめながら、家に向かって歩いた。いつの間にか、地面の、地球の、どっしりとした感覚が足裏に蘇っている。この猫が地上の糸となって、空の上に飛んでいきそうな私を一生懸命引っ張って、連れ戻してくれたのだ。
 帰り際にはもう雨は止み、橙色の美しい夕日が濡れた街を綺麗に映し出していた。
 
 私はその猫に「レア」と名付けた。私に新しい歩き方を教えてくれた、大切な家族だ。
(了)