第6回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 よろしく 松田智恵
第6回結果発表
課 題
家族
※応募数289編
よろしく
松田智恵
松田智恵
もうすぐ夜の八時になる。そろそろ下の弟を風呂に入れて寝かせないといけない時間だ。その前に、これから起こるであろう重大事件について、弟たちの真意を聞いておこうと夕飯の片付けを済ませて二人を食卓に召集した。
「もう、なんだよ兄ちゃん! 観たいテレビ始まるんだけど」
小学五年生の六つ下の弟・真哉は不機嫌な声をあげる。こいつは三兄弟の中でも母親に一番似ていて自由奔放だ。食べ終わった食器をそのままにしておくところまで母親と一緒で、本当に嫌になる。
「テレビはいいけど、風呂はいれたのか?」
風呂当番は真哉の担当だ。
「あっ、いっけねー」
ペロッと舌を出して笑ってごまかす。
「テレビ観る前にやれよ。あと、浴槽はちゃんと洗うこと」
「えーっ! 毎日洗わなくたって死にゃしねぇーよ」
死ななくても、ヌルヌルした湯舟に浸かったのでは綺麗になった気がしない。真哉がこの調子だから、俺が時々洗っている。
学校が終わって保育園に朋哉を迎えに行っている途中、母親からメールが来た。
《今夜会わせたい人がいます。夕飯はどこかに食べに行きましょう》
とうとう来たかと思った。付き合ってる人がいるんじゃないかとは薄々感じていた。一年ほど前から化粧が濃くなり、それまでなかったのに残業だと言っては遅く帰ることが増えた。
気は進まないが、そう言われたら会うしかない。
けれど六時になっても帰って来ない。何度か連絡しても返事がない。やがて二人が腹が減ったと言うので、買い置きのカップ麺を七時に食べた。
話は戻る。俺としては、母親の姓と再婚した父親の姓とを行ったり来たりするのをいい加減勘弁してほしかった。
「母さんがこれから連れてくるっていう人な、もしかしたら俺たちの新しいお父さんになるかもしれない」
「僕、新しいお父さんほしい!」
俺たち三兄弟は全員父親が違う。朋哉が三歳の時離婚してから、その人とは一度も会っていない。俺もそうだったが、父親の記憶なんて残ってないのだろう。
真哉の方は「どうでもいい」と言って風呂場へ行ったが、本心はどうなのか? 本当にどうでもいいのかもしれないが。
九時過ぎには朋哉を寝かしつけ、十時になって携帯が使えなくなると、真哉もベッドに入った。
ガチャガチャと鍵を開けて母親が帰って来たのは、十一時になってからだった。しかも、連れてきた男は酒を飲んでかなり酔っ払っている。初対面でこれは非常識だろ?
「ちょっと良いことがあってね」
そう言う母親はめずらしく飲んでいない。お酒の席に呼ばれれば、飛んででも飲みに行くのに。
「とにかく、こんな時間だし、今日は帰ってもらえよ」
男は母親よりもずい分年上に見えて、俺自身、情報過多でパンクしそうだった。
「でも、大事な話があるの」
だったら、もっと早く帰って来い!
「聞くけど。あの人、母さんがバツサンだって知ってんの?」
相手には聞こえてないだろうが、小声で訊いた。バツイチだと嘘をついていたことが、朋哉の父親との最大の離婚理由だったからだ。
「離婚歴があるのは話してるけど、回数までは言ってないわ」
まぁ、そこが問題じゃないならどうでもいいけど。機嫌よさそうに笑っている男に、憐れみの笑いを向けた。
「紹介するわね。新しいお父さんよ」
「お父さんって、まだ早いでしょ?」
「今日、籍を入れてきたの」
母親が気味悪いぐらいニヤニヤしている。もう嫌な予感しかしない。
「実はね、赤ちゃんができたの」
「……マジか……」
呟きと共に、完全にクラッシュした。天を仰ぎ見たくなる衝動を抑えるのが精いっぱいだった。
さすがに四度目の結婚はないだろうと、どこかで高をくくっていた。四十過ぎてコブが三つもいるバツサンのおばさんと、家族になりたがる男がいるとは思いもしなかった。
でも、そういう理由なら仕方がない。今にも眠りそうな男に、壊れた回路が笑顔を作るよう指令を送った。
「よろしく、お父さん」
(了)