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第6回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 罪深き母性 本田雪

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作文・エッセイ
結果発表
小説でもどうぞ
第6回結果発表
課 題

家族

※応募数289編
 罪深き母性 
本田雪

 憎たらしいと思った。酒に酔い、賭け事に狂い、土方で働く父には知能指数の高い労働など知らないであろうに、「働け」と散々言われ、ついに頬を叩かれたのだ。それは強く、激しく、熱烈にじんと肉体に残る痛みであったから、かっとなり父を刺し殺した。母は小さく悲鳴をあげた。ただそればかりであった。すぐに「隠しましょう」と言い、風呂場に二人で運ぶと母が先陣切って四肢を切断した。
 その時になりやっと人をあやめたという事実がのしかかった。後悔はしなかった。もし後悔などしようものならばその瞬間にでも発狂してしまうであろうと潜在的に危機感が働いた。それよりも私の中に渦巻く感情は共犯者が生まれた安堵感の方が強かった。母は「先に手を出した方が悪いのだから、貴方は何も悪くないのよ。正当防衛よ」とかばった。あるいはそう思い込みたかったのだろう。首だとか腕だとか脚だとか、そういう部位を細かく切断した。無心で作業に徹した。汚れた手を見て穢らわしいとも思った。骨は思った以上に硬質でありハンマーで強く叩き、かち割った。
「叩けば電化製品と同じで治るのよ。お父さんもきっと今頃天国で頭脳明晰ねえ」
 母は小さく微笑みながら冗談を口にするが、その能面に隠れた異常性が見て取れた。
 それから母が運転して山奥に肉塊を埋めた。車は嫌いであった。乗るたびに父が「免許もないのか」と愚痴を吐き、「教習代くらい自分で払えよ」と意地悪い言葉を必ず吐いた。そのたびに「今にも殺してやろうか」と思ったものだ。そう思ったのだ。その時、あの時、確かに殺してやろうと思った。ならば何も後悔することはない。念願の夢が叶ったまでだ。私は父の肉塊を埋めている途中で吐きそうになった。だが吐くわけにもいかず勢いよく飲み込んだ吐瀉物のつんと刺す痛みが喉に走る。父はこれ以上に痛かったのだろう。だが私はさらに酷く傷付いたものだ。親に叩かれるのは肉体的苦痛よりも精神的苦痛が勝る。というよりも劣等感が湧き、男よりも女が下であると突き付けられたようで涙が出る。埋め終わると「早く帰りましょう」と母は言った。帰ってお茶漬けを食べた。
「ねえ、恨んでない?」私は恐る恐る訊いた。
 母は箸を静かに置いてお茶漬けをすすった。
「貴方は私の大切な家族よ。なんてったって私のお腹から産まれた子だもの。お父さんは他人よ、他人」
 その言葉は以後、頭から離れることはなかった。罪を隠し一年後に結婚までして、加害者でも、というか私は一種の被害者であるのだから、幸せになる権利くらいあろう、とひた隠し、惚れた男との間に子を授かった。
 常に頭の片隅に考えうる最悪の事態が浮かぶ。二十で結婚してから十五年の月日が流れた。子は高校生になる頃合いである。もしも私の子が夫を殺める事態になったならば、私は子でも恨むだろう。だけれど、それでも愛してしまうだろう。そうして正しい人生を歩んでほしいとねがうだろう。夫には有償の愛を感じている。時に死んでくれと思うこともあるけれど、そんなの一瞬で過ぎ去る思いである。子には無償の愛を感じている。死んでほしいと思ったことはない。ただ、時に憎たらしいと思うだけである。
(了)