第6回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 里親の目的 氷堂出雲
第6回結果発表
課 題
家族
※応募数289編
選外佳作
里親の目的
氷堂出雲
里親の目的
氷堂出雲
また、ひどい目にあった。
今回は盗みの片棒を担がされかけた。まあ、私も前の家からボイスレコーダーを盗んだから、人のことを悪くは言えない。でも、問題ある里親を告発するためには、証拠が必要だ。証拠がなければ私のようなガキの言うことなんて、だれも信用してくれない。今回は、里親の命令を録音し、万引きのために入った店の店員に助けを求めた。
おかげで、また施設に逆戻り。
どうして、私はいつもこうなんだろ。きっと、他の子たちは優しい里親の下でぬくぬくと育っているだろうに。
保険金を掛けられ殺されかけたり、詐欺の受け子にされたこともある。
すぐに新しい里親、西園寺家に引き取られることとなった。施設に車が迎えに来て、身なりの良いおじさんが「こちらへ」なんて言って、ドアを開けてくれた。私は、てっきり、新しいパパかと思って挨拶した。「私は運転手です」なんて言われて、超びびった。また、とんぼ返り確定だと開き直って後部座席に座った。
着いたところは、和風の大豪邸だった。門のところで車を止めると運転手がリモコンを操作する。重そうな扉がゆっくり左右に開いていく。
車は、そのまま奥へと進み、玄関に横付けされた。車を降りると数人の女性が近づいてくる。
「お嬢様、こちらです」
言われるままに、間口の広い玄関から入り、廊下を奥へと進んだ。
「こちらが、お嬢様のお部屋です」
中は洋室になっていた。ベッドには屋根がついているし、白い家具には細かい彫刻が施されている。ヨーロッパのお姫様の部屋のようだった。
「お嬢様、お召し物をかえましょう」
女性はそういうとフリフリのついたかわいいワンピースを持ってきた。あれよあれよという間に着替えが完了していた。
「お昼ご飯の時間ですので、食堂へどうぞ」
女性に連れられ食堂に入ると、今日は何のパーティーかと疑うほどの御馳走が並んでいた。
椅子を引かれて、ちょこんと座ると、後から少し太ったおじさんが入ってきた。女性たちがぴしっと背筋を伸ばしたところを見るとこの家の主なのだろう。私もあわてて背筋を伸ばした。その人は椅子に座ると笑顔で言った。
「今日から、君は私の子どもだ。これから、私たちは二人っきりの家族になるんだ」
西園寺が、口パクで何かを言っている。声を出さずに口を動かして独り言を言う人に初めて会った。
私は、病気で声が出なくなった人の家へ里子に出されたことがある。その時は、里親がすべて口パクでしゃべるので、私は必死で読唇術の勉強をした。あのときは虐待されたが、近所の人が通報してくれて助かった。そして今、読唇術が役に立った。
『君は、ガリガリじゃないか。今まで、苦労したんだね。好きなものを好きなだけ食べていいんだよ。でも、偏食はだめだよ。これからは健康を意識した食事をとってほしいな』
この人は、独り言で確かにそう言った。独り言でうそをつく人はいない。きっと本心なのだろう。私は天にも昇る気持ちになった。絶対、ここで幸せになるんだ。そう誓った。
「私のことは、お父さんと呼んでください」
西園寺はそう笑顔で言った。
「お父さん、ごめんなさい。私、今まで散々酷い目にあいました。ここでもそうだと思った。裏があるかと疑ってごめんなさい」
「すまん。実は裏はあるんだ。先に謝っておくよ。君は、私の本当の子供なんだ。前の妻が離婚後、連れ去って行方不明だった。ようやく見つけたんだ」
「ここまでよくしてくれるのは、今までの罪滅ぼしだとでも?」
「そんなつもりはまったくない。君はここで、自由に生きていいんだ」
本当の親子、本当の家族、出会うはずがないと思っていた絆。涙が頬を伝う。
「私の血は、君と同じでとても珍しい血液なんだ」
それは、父と私を結ぶ、本当の親子だという決定的な証拠。今まで疑ってごめんなさいと何度も何度も、心の中で謝った。父は言った。
「だから、私に何かあったときに君の血を分けて欲しいんだ。貧血にならないようしっかり食べなさい」
「え?」
そして、お父さんの唇が動いた。声の出ない独り言でお父さんは言った。
『腎臓のことは、まだ、黙っておくか』
(了)