第25回「小説でもどうぞ」佳作 彼女の願い いちはじめ
第25回結果発表
課 題
幽霊
※応募数304編
彼女の願い
いちはじめ
いちはじめ
映画会社の一室に、四人の男が集まっていた。プロデューサーと監督の俺、そしてタレント事務所の社長とマネージャーだ。
アイドルが急死した件で、撮影中だった初主演映画をどうするかを協議していたが、打ち切りもやむなしというその時に、彼女が現れた。幽霊の姿で。
全く予期せぬ事態に、全員叫び声をあげながらソファーから転げ落ちた。
宙に浮かんだ彼女――レミナ――は、困った顔をしてこちらを見下ろしている。
「私、幽霊になっちゃったみたい」
少し甲高いその声はまさしくレミナであった。俺たちは固まったまま、彼女の次の言葉を待った。
「撮影の途中で死んじゃって悔しい。私、このまま撮影を続けたい
俺たちは互いの顔を見合わせた。できればそうしてあげたいところだが、何しろ幽霊を撮るとなると問題山積だ。だが彼女は絶対やるという。しまいには、断ったら呪ってやるとまで口にした。呪われてはたまらない。俺たちは幽霊のレミナで撮影を続行することにした。彼女の死はまだ伏せてある。当然のことだが、このことは他言無用の極秘事項となった。
前代未聞の幽霊を主演にした映画撮影が始まった。幸い残りの撮影はクライマックスシーンのみだ。レミナの正体がばれないようにするために、俺は台本の変更を、他の三人は隠ぺい工作にあたった。台本はシーンを昼から夜へ切り替え、また彼女が生身の人間と極力絡まないようにした。
この映画は異世界ファンタジーもので、彼女は魔王軍と対峙する勇者パーティーの魔法使い役。そしてそのクライマックスは魔王配下のゾンビ軍との戦闘シーンだ。
思った以上の困難を乗り越え、ついにクライマックスシーンの撮影を迎えた。俺は数日前にロケ地入りし入念に準備を整えた。後はゾンビ軍団を演じるエキストラの到着を待つばかりであった。
俺が監督室――キャビンカーだが――で束の間の休息をとっていたその時、急報が入った。それは何とエキストラの乗ったバスが事故に巻き込まれたというものだった。
「えらいことだ、エキストラを手配できなくなった」
事故現場に飛んだプロデューサーからは、手隙のスタッフを動員しろとの指示が出たが、予定の五十名は到底無理だ。それに衣装と特殊メイクをどうする。
その時何の前触れもなくレミナが俺の背後に現れた。何度やられても心臓が止まりそうになる。
「大丈夫、知り合いに頼んでみるからちょっと待ってて」
知り合いと言われ、俺は嫌な予感がした。
しばらくするとレミナが一人の落ち武者の亡霊とともに現れた。兜の下には頭蓋骨が覗き、眼孔には赤い火の玉が不気味に光っている。もし彼女が一緒でなかったら俺は気絶していただろう。
彼女の説明によると、このロケ地一帯は大きな合戦が行われた古戦場で、多くの落ち武者の霊が漂ってるのだとか。それでこの窮地を話したら快く協力してくれるという。
ここまでくれば腹をくくるしかない。レミナで撮れるのだから落ち武者でも撮れるはずだ。しかもこれは本物だ、チープなコスチュームや特殊メイクとはリアリティーが段違いだ。それに爆発シーンは……。これは面白いことになりそうだ。そう思った俺は、落ち武者相手に撮影の段取りを説明した。
レミナの機転により、落ち武者の亡霊による撮影は無事終了した。
数か月後、映画会社の試写室で関係者を集めた完成試写会が行われた。俺たち四人は参加したが、レミナはいない。彼女は撮影が終了した以降我々の前に姿を現さなかった。映画が完成して成仏したのかも知れない。それはそれでほっとしたところもあるし寂しくもある、というのが正直なところだ。他の三人も口には出さないが同じ気持ちだろう。
映画の出来は上々だった。特に落ち武者軍団との戦闘シーンは、他に類を見ない出来だった。何しろ落ち武者は本物だし、死者だから派手な爆発シーンにも遠慮がいらない。迫力とリアリティーが出るのは当たり前だ。それと皮肉なことだが、レミナの成長が見て取れるのも良かった。
映画の秘密とそれにまつわる苦労を共にした俺たち四人は、エンドロールが流れるころには感極まって泣いていた。
エンドロールも終わり、涙を拭って席を立とうとしたその時、レミナの姿が大写しになった。だれがこんな映像を差し込んだ。
「楽しんでくれた? 続編もがんばるから、観てくれないと呪っちゃうぞ」
嘘だろう。俺たちはその場にへたり込んだ。
(了)