第25回「小説でもどうぞ」佳作 サフラン 朝霧おと
第25回結果発表
課 題
幽霊
※応募数304編
サフラン
朝霧おと
朝霧おと
七海が亡くなった。中学の同級生で、学生時代も社会人になってからも、ずっと仲良くしてきた親友だ。
まだ三十二歳という若さの中、突然の病死だった。ついこの前、いっしょにランチをしたばかりで、あまりに急な訃報に、どっきりをしかけられているのではないかと思ったほどだ。
連絡をしてきたのは七海の夫の翔太からだった。
「陽ちゃん、驚かないで聞いてほしいんだけど、昨日、七海が亡くなったんだ」
彼は七海の最期の様子を押し殺すような声で話し始めた。それはまるで呪文を唱えているようで、私には全く理解できなかった。
「それで通夜が明日で告別式はあさってで……」
葬儀の日時だけが私の耳に残った。
七海が結婚してからは会う回数は減ってきていたが、会わずにいても常にそばにいるような関係が続いていた。
七海が死んだという現実はしばらく受け止められずにいた。携帯の着信音が鳴るたびに七海からでは、と心躍る瞬間が何度もあったが、それが違う人からだとわかるとそのたびに落胆した。
しばらくすると翔太のことが無性に気になり始めた。
ひとりぼっちの部屋でご飯を食べ、ひとりぼっちで眠りにつき、朝だれとも会話することなく家を出る。また家に戻って、無言で風呂に入り、テレビを観てひとりベッドに入る。
想像しただけでも胸がしめつけられるようだった。
私と七海はタイプが似ているせいで、よく姉妹みたいだね、と言われた。実際、間違われることもあった。趣味嗜好も似ていて、好きになるタイプの男性はいつも同じだった。そのため、初めて翔太を紹介されたとき、私が出会うべき人だったのに、と七海を羨んだりしたものだ。
もちろんそんなことは露ほども出さないが、七海から翔太の話を聞かされるたびに、私は七海の替わりに妻となった自分を想像し、甘い気分に浸っていた。
七海が死んで三カ月がたったころ、さんざん迷って翔太に電話をした。
「少しは落ち着いてきた? 私でよかったら食事の用意をしに行きましょうか。きっと七海も心配していると思うのよ」
「それはありがたい。迷惑でなかったらお願いしてもいいかな。陽ちゃんだったら安心だ」
七海の家にはこれまでたびたび訪れていて、自宅のようにくつろぐことができる。庭付きの洋風の家は私の好みでもあり、七海とふたりで花壇に花を植えたりしたこともあった。
和室の隅に置かれた真新しい仏壇に花を添える。遺影は昨年ここの庭で私が撮ったものだった。手にサフランの花を持ち、目を細めて笑う七海。風に吹かれてなびく髪が美しく、私のお気に入りの一枚だ。
七海の家に来るようになってしばらくしてから、なにものかの気配を感じるようになった。掃除や料理をしているとき、いつも私の背後に気配を感じ、ふりむくとだれもいない。七海が見ているのでは、と恐れたが、翔太といっしょにいたい一心で気にしないようにした。
「いつも悪いね。陽ちゃんが来てくれてとても助かっているよ」
「七海、怒っていないかな。私の旦那さんに手を出すなって」
冗談めかして言っていたが、何度か訪れているうちに、彼の愛情を感じられるようになった。それはだれも知らないふたりだけの秘密だった。
その日、帰りの遅い彼を待っていた。いつのまにかソファで眠ってしまったようだ。気づくと私をじっと見下ろす彼がいた。
「あ、おかえ……」と言おうとして戦慄が走った。彼の後ろにおおいかぶさるようにして七海がこちらを見ていたのだ。
彼女は翔太を抱きしめ、目をこちらに向けたまま彼の肩に顔をうずめている。翔太は悲し気なまなざしで私を見ていた。
悲鳴を上げることもできず、かといって顔を覆うこともできず、ひたすら彼らを見続けた。
翔太が亡くなったことを知ったのはそれから三日後だった。勤務中に突然倒れ、帰らぬ人となったという。あの夜、確かに翔太は帰ってきたはずなのに、その時刻にはすでにこの世の人ではなかったという事実がわかった。
残された私物を取りに七海の家に向かった。数日前に来たところなのに、懐かしくて涙ぐみそうになる。
庭の木々は色づき、花壇には七海の自慢だったサフランが可愛い花をつけていた。やわらかな風が花を揺らし、じっとたたずむ私に合図を送っている。
七海は私を許してくれたのだろうか。
(了)