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第25回「小説でもどうぞ」佳作 盆踊り 内田理李郁

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第25回結果発表
課 題

幽霊

※応募数304編
盆踊り 
内田理李郁

 気象データなし。どうやら、気象観測衛星とも通信が途絶えたらしい。途端に悲しくて、誰も見ていないのをいいことに大きく項垂うなだれた。この地域に息づく人間、いや生き物は私しかいない。先の大戦でこの地に投下された新型兵器は、ここら一帯見渡す限りを、何も始まらない不毛の地に陥れてしまった。これはきっと確約された一人だ。
 下級訓練兵だった私は、投下の日、最新型防空壕の耐久テストの試験者として、重厚な棺桶のようなカプセルに閉じ籠っていた。爆発の轟音、交信の途絶、それらすべてを耐久テストの一環として捉えた私は、投下の五日後にようやく壕から這い出した。本当に情けない。でも、新型の壕は完璧ですよ博士、あの爆発に耐えてますよ! 見てないけど。私にできることは、デバイスのバッテリーが落ちるまで生存者としての記録を残すこと、それしかない。この記録を、独り言を、誰か聞いていてくれないだろうか。
 記録用携帯端末の残存バッテリーは、既に33%だ。これまでは、記録を気象衛星の予備メモリにアップロードすることでバックアップを取っていたが、その衛星も機能をなさなくなった。記録と保存、二つの消耗を請け負うことになるこの端末は、きっともってあと三日だろう。それまでにバッテリー補給をするしかないが……。これからずっとこうやって、その場しのぎの生活をするのだろうか。と、ふと考えてやめた。絶望は今は役に立たない。とりあえず今日も記録を取りつつ、ガラクタの山からバッテリーや食料を漁ることにした。絶対にないけれど。
「なんだ、あれ。指輪?」という声が音声記録に入ることさえいとわなかった。不意に、ガラクタの底に光るものを見つけたのだった。喪失を認識することが悲しくて、拾いたくなかった。壕と同じ新型スーパーステンレス製の指輪。どんな化学変化にも耐えうる、新しい永遠の愛の形。ここに、やはり人が沢山眠っているなんて、目の当たりにしたくなかった。同胞の顔が泡のように湧き出しては消える。幽霊や魂を信じないが、地面が数多の無念にじくじくと煮込まれている気がする。悔しい。悲しい。寂しい。私は泣き声を隠しもせずに、「指輪、発見。やはりみんなここで死んだ。弔う」とだけ記録し、マイクを切った。
 弔うといっても、この国には明確な国教などない。それぞれの神を無視することは避けたいし……、と暑さに汗がにじむ。あ、暑い、そういえば夏だった……、お盆か。そうだ、盆踊りだ。弔いには盆踊りなら座りがいいだろう。そう決まれば話は早かった。お焚き上げもしてしまおうと、かろうじて形を保っていた植木鉢に遺品を集める。それを中心に燃えそうな材木をくみ上げ、燃料を染み込ませる。どうせ一人だし、和太鼓とかないし、この火を囲んで踊ればいいや。携帯端末に盆踊り・mp3をダウンロードし、瓦礫に保護されたのか比較的綺麗なヒューム管で、端末の音を増幅させる。もう今日で、端末のバッテリーが切れたっていいや。もうここは、全部終わった土地だ。そう認識することに愉快さまで感じる。
 ファイヤースターターの火花は、瞬く間に炎に代わる。それを契機に、私は最後の盆踊りを始めた。みんなの魂がここに集まり、そのまま天に昇ることができるよう、踊りとも取れないような動きを必死に繰り返す。自分の不安も一緒に消えたらいいのに。これからずっと一人なのに、やけになっても誰も見ていないのに。汗だけは健康に噴き出していった。
 火に照らされた無数の地面の凹凸が、むしろ足元を暗くする。影は私の分しかないはずだが、暗いだけの地面に、沢山の人影がある錯覚を覚える。私は絶対に一人なのに、でも、存在はなくともみんながそこにいる気がした。みんなも踊ってくれていたらいいな。この火を中心に、またみんなが会えている気がして、そんな幻想が本当であるように、鉢の中の指輪を思った。不審火のためか、近くに哨戒機が飛んでいる音がする。端末もバッテリー減少を訴える。火はどんどん大きくなり、やがて瓦礫に導かれた。それに伴い、私を取り囲む影も一層その闇を深めた。
(了)