第25回「小説でもどうぞ」選外佳作 ずっと君を見てる 万巻千里
第25回結果発表
課 題
幽霊
※応募数304編
選外佳作
ずっと君を見てる 万巻千里
ずっと君を見てる 万巻千里
「また、奴がやってきた」
僕は妙な悪寒に襲われ、自室のベッドで薄目を開けた。暗がりの中、すぐそばで、一人の少年が青白い顔をして突っ立っている。
「おい。なんなんだ、お前は。言いたいことがあるなら言えよ」
少年の
次の日、とうとう僕は高校のクラスメイトに、この幽霊のことを話したが、だれもまともに取り合ってくれなかった。
しかし、違う反応を示す生徒がいた。多佳子という色白で、すらりとした身体つきの女の子だ。
「幽霊を見たって本当?」
多佳子は無邪気に尋ねてきた。僕はきまり悪さと恥ずかしさで、真っ赤になってしまった。僕は多佳子のことが大好きだった。でもとてもシャイだったので、会話をすることさえできない。僕は首を振って逃げ出した。背後から多佳子のため息が聞こえてきた。
その日の深夜、僕の部屋に、再び少年の幽霊が現れた。
「君って案外なさけないんだね。好きな子と話す勇気すらないなんてね」
幽霊が初めて口をきいたので、僕はドキッとした。
「好きな子って多佳子のことか? なんでお前がそれを知っているんだ」
少年はクスクスとせせら笑った。
「君は気づいていないようだけど、僕はずっとひそかに君を見ているんだよ。君が深夜にしか、僕を知覚できないだけの話さ」
背筋が冷たくなってくる。
「なんで僕につきまとうんだ」
「君には愛着が湧いてね」
「迷惑だ。二度と来ないでくれ」
「君の願いを聞いてあげてもいいが、条件がある。その多佳子って子に告白しろよ。もしうまくいったら、二度と姿を見せないよ」
僕はひどく困惑してしまった。
「なぜ、お前がそんなことを望むんだ」
「君は見てるだけでおもしろいからね。幽霊は暇なんだ。楽しいゲームだよ」
「もし嫌だと言ったら」
幽霊はぺろりと舌を出した。
「君にずっとつきまとってやるよ。そのうち、取り殺しちゃうかもね」
僕は愕然としてしまった。額から脂汗がにじみ出てくる。
「あの。あの……」
僕は振り絞るように叫んだ
「告白なんて恥ずかしい真似をするくらいなら、死んだ方がましだ!」
少年の身体がゆらりと揺れた。なんだかひっくり返りそうに見えた。
「びっくりしたなぁ。シャイなのもここまでくると国宝級だよ」
「ほめてもらえて光栄だ」
僕が皮肉を言うと、幽霊は下あごに手を当て、考える素振りを見せた。
「よし、それなら作戦変更だ。もし君が告白しないなら、多佳子の方を取り殺してやる」
僕は、アッ!と悲鳴を上げた。いったいどうすればいいのだろう……。
それから七年が過ぎ去った。僕は上場企業に就職し、順風満帆な生活を送っている。長いことつき合った彼女とも、ついにゴールインした。明日が僕たちの結婚式なのだ。僕は今、ホテルの一室にいる。二つ並んだベッドの片方には、あの多佳子の美しい寝顔がある。
少年の幽霊は約束通り、あれ以降一度も姿を現してはいない。しかし、今から考えてみると、告白を後押ししてくれたあの幽霊には、感謝するべきなのだろう。かなり強引なやり方ではあったが、今日の僕の幸せがあるのは彼のおかげだ。僕は多佳子を救いたいがために、自分の殻を破った。幸せをつかむには、勇気と行動力が必要なのだ。
僕は高揚感で眠れず、廊下へ出た。
「どうやら、うまくやっているようだね」
意外な訪問者に、僕は目を丸くした。
「ずいぶん久しぶりだな。幽霊君。なんでまた突然現れたんだ。もう姿を見せない約束だったろ」
少年の幽霊は苦笑いしながら、後ろ髪に手を当てた。
「いや、祝福の言葉を述べたくってね。それに僕は幽霊じゃない。未来からの立体映像なんだ。僕のいる時代のテクノロジーでは、まだタイムマシンは不完全で、肉体を過去へ送ることができないんだ。君の様子は未来世界から、じっくり観察させてもらったよ。それにしても、君たちの関係がなかなか進展せず、随分やきもきしたんだ。僕自身の誕生が、怪しくなりそうだったんで焦ったよ。でも、よく頑張ったね。おめでとう。お父さん!」
(了)